第6話 地獄の入り口

 無駄にテラスに関わって、上の神に目をつけられたくない、と思われたのか、「送別会の日、休んでくれないかな?」と同僚にテラスは頼み込まれた。

 了承して、最終出勤日にミコと飲むことにした。


「本当! あいつらは、今までテラスにおんぶにだっこだったのに!」


「いいよ、私もめんどくさい挨拶しなくて済んで良かったし、こうやってミコと二人で飲めてすごく嬉しい」


「テラスは相変わらず、いい子なんだから……向こうでは無理しないんだよ!? 周りを壊してもいいから、すぐに浄化すること!?」


「ありがとう、ミコ。頑張るね。久しぶりの休みだし、明日はたっぷり寝るんだ」





 そんなミコとの送別会の翌々日、テラスは地獄の入り口に立っていた。久しぶりにたっぷり寝たので、体調は万全だ。


「ここが地獄……」


 おどろおどろしい雰囲気に足がすくみ、思わず声が出てしまったようだ。


 もう少し上司にごねてみた方がよかったかも、とテラスも思ったが、上の神も関わっているなら絶対に無理だと思って、そっと首を振る。


「どうせ、私は使い捨ての駒だから、そんな大切にしてもらえないよね」


 死後の世界で驚くほど使い倒されたためか、元々思考が社畜寄りのせいか。はたまた、ナーバスになっているのかもしれない。テラスはすぐに諦めた。

 ただ、そんな性格すら、何事もすぐ諦めがつくから便利だと、テラスは思っているようだ。




「この紙によると、入口を超えて、二つ目の建物が私の職場みたいね……」


 勇気を出して地獄の門をくぐる。

 門を入ってすぐにあったのは、血の池だった。岸に上がろうとする死者を鬼たちが棍棒で投げ落としていく。さらに、ぷかぷか浮いている者のことは、棍棒で押し込んで沈めていく……。

 凄惨な光景に、テラスは思わず、目を背けてしまう。





 進んでいくうちに、不思議なことに気付いた。これだけ煮えたがったら血肉がある中、なぜか空気は森林の中のようにフレッシュだ。


「二つ目の建物……あれが一つ目かな? すごく豪華で白亜の宮殿みたい。地獄の風景とあまりにも合わない気がするけど」


 きっと地獄の偉い神の建物だろうとその建物を横目に見て、次の建物を探しに歩いていく。







「ここ……どこ?」


 二つ目の建物がなかなか見当たらず、かなり奥までたどり着いたテラスであった。



「あった!」


 へとへとになりながら、探索していると、テラスは二つ目の建物と見られる建物を見つけた。

 白亜の宮殿と比べるとかなり劣るが、街にある派出所よりは立派だ。



「すみませーん! 今日付で配属になりました、」


 テラスが声をかけながら入ると、中にいた鬼たちが一斉に振り返る。


「いっやぁーー!」


「え!? すみません! すみません!」


 鬼のパンツを履いていない鬼たちにさまざまな布を投げつけられて、テラスは謝りながらその建物を飛び出した。





「……あなた、今、今日付で配属って言ったわよね?」


 着替えが済んだのか、一人の鬼がひょこりと顔を出してテラスに問いかける。



「え、はい。今日付でこちらに配属になったと思うのですが……」


「ここは更衣室よ? か弱い人型が地獄に配属になるなら、事務だと思うんだけど……あそこなら、浄化作用も少し効いてるみたいだし。ちょっと、紙見せて」


「はい」


 テラスが素直に配属通知を鬼に差し出す。


「ほっらー、やっぱり! あんた、奥まで来すぎよ! 入り口を入ってすぐに、白亜の宮殿みたいな立派な建物あったでしょ? あそこよぉ! むしろ、人型なのによくここまで無事に来れたわねぇ!」


「え、あそこ!? 地獄の神のお住まいじゃなくて職場!? あ、少し浄化魔法が使えるので……」


「地獄の神のお住まいはもっと立派よー! その浄化魔法って人間なら聖女って言われるレベルの浄化魔法だと思うわよ? あんたが輪廻転生から外れて困ってる世界ありそうなのに、上の神々って本当テキトーよね!」


 これだからあたしは上の神々のことが嫌いなのよ、と言いながら、鬼が中の鬼たちに声をかける。


「ちょっと迷子みたいだから、あたしがこの子のことを案内してくるわ! ちょっと抜けるわよ!」


「はいはーい! 今日の仕事はもうほとんど済んでるから好きにしてー」


 午前中と言ってもいい時間なのに、仕事は済んでいるという鬼たちに、更衣室というには豪華な建物。上での情報とのあまりの違いにテラスは目を白黒とさせる。




「じゃ、行くわよ? 適宜、自力で浄化しなさいよ?」


「え、ありがとうございます! お手数おかけしてすみません」


「いーのいーの! こんなの食後のジョギングにも入らないわ」


 テラスはヘトヘトになる距離だったのに、食後のジョギングと言い放つ鬼の体力は驚異的であった。






「こっちに行くと、灼熱地獄で暑いから気をつけなさい? あっちはちょっと臭うから……近寄らないほうがいいわよ?」


「地獄ってイメージしてたより清涼な香りですよね?」


「えぇ、だって、全力で換気システムが作動しているわよ。男臭いにおいとか血とかの臭いなんていやじゃない? 地獄の神が良い労働環境のために尽力なさっているもの。上の神々みたいに横柄じゃないし、何より、すっごくいい男よー? ちょっとひょろりとしてるのが玉にきずだけど、そこは側近の処刑の神がいい身体だから、最高なのよー」


「そ、そうなんですね……」


「あー! 事務ってことは、あんたあんないい男たちに囲まれて働けるってこと!? 羨ましいわー! あ、ここ。ちょっと澱みがあるから浄化したほうがいいわよ? あのマークが澱みのマークね」


 鬼が指差す先は、ばってんが記されている。


「ありがとうございます。じゃあ、軽く浄化しておきます」


 テラスがぱぱっと浄化魔法を使うと、鬼が固まった。


「え、あんたちょっとこれ、全力よね? 力使いすぎじゃない? まだまだ浄化して通らないといけないところがあるのよ?」


「いえ、軽い浄化魔法ですけど」


「あんた。完全に大聖女の器よ? この子を輪廻転生させないなんて地上を地獄にするつもりなのかしら……」






「ついたわよ! また、奥まで来るときには遊びにいらっしゃい」


「本当にありがとうございました!」


 鬼を見送ったテラスは、ドキドキしながら、白亜の宮殿のドアに手をかけるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る