第39話 市場で飲み比べ

「すごいですね」


「活気があって、私も驚いたんだよ」


 地獄の神の案内で、市場にたどり着いたテラスは、あまりの活気の良さに驚きを隠せないようだ。

 南国ならではの雰囲気を持った市場は、あちこちに色とりどりの海産物が売られ、そうかと思えば、その横の店には、カラフルなお菓子が並べられている。


「あちらでは、お酒が飲めるのですね」


「あぁ。市場でエールや強めの酒が売っているようだよ」


「一杯、いただいていきませんか?」


 いつの間にか、試食用にと差し出されたエビの丸焼きを受け取っていたテラスは、酒と書かれた屋台を指さし、微笑んでいた。


「……いいけど、テラスは酒に強いのかい?」


「付き合い程度には、嗜んでおります」


 一杯ずつ、酒を受け取った地獄の神は、市場の真ん中にある飲食スペースへとてらうと共にやってきた。


「お、これは美男美女だな」


「ありがとうございます」


「嬢ちゃん、このあたりで有名な酒はもう飲んだか?」


「いえ……」


「あれは極上だ」


「本当にうめぇ」


 民衆が口々に名物である地酒を指さすので、地獄の神とテラスは、エールを飲み終わったら、もう一杯だけ飲んでから戻ることとした。



「この地酒、すごく冷えていますね。冷却装置はなさそうですが」


「何言ってんだい、嬢ちゃん。酒のために氷魔法を使って冷やしているに決まっているだろう?」


「あの店主は、この国で有数の氷魔法の使い手だよ」


「うわぁ……貴重な氷魔法の使い手の無駄使いですね……」


「でも、うめぇだろ?」


「はい、ものすごくおいしいです。ね、ディラン様?」


「……テラス、君はもしかしてすごくお酒に強いのかい?」


「たしなみ程度ですよ」




 数十分後、その場に生き残っているのは、地獄の神とテラスだけであった。


「……テラス。少し足元がふらついてきたようだから、帰ろうか?」


「あ、本当ですね。はい、戻りましょう……この地酒だけ一本買って帰ってもいいですか?」


「……もちろんだよ」








「ということで、クロウ様へのお土産です」


「……こええ逸話と一緒に戻ってきたな。新婚旅行らしいことはしなかったのかよ?」


「まだ、正式に夫婦になっていないからね。制約が多少はあるんだ」


「多分、その世界でディラン様とテラスは酒の神かなんかとして、祀られてるんじゃねーか?」


「そんなわけないじゃありませんか」


「それはないと思うよ、クロウ」







「あの美男美女、酒にすっげぇ強かったな」


「あの美しさにあの酒の強さだ。お忍びで飲みに来た神様かもしれないぞ」


「酒の神か! 来神を記念して、酒の夫婦神の像を飾ろうぜ!」


「いいな! 俺たちの神だ!」


 市場の真ん中に、酒を飲み交わす地獄の神とテラスの像が飾られているのに、二柱が気がつくのは、もう少し先のお話……。






「お土産にお酒を買ってきたので、恋愛の神とミコで一緒に楽しんでね?」


「ありがとう……何この度数……飲んだら消滅しそうな強さよ?」


「……念のため、ミコは、水と割って飲むようにしようか」


「はい、恋愛の神」


「この初々しい他人の恋愛を肴に一杯行きたいです」


「いや、テラス。君たちもなかなか良い肴になりそうな空気感を、出しているからね?」










 市場から戻った後の二柱は、こうであった。

「テラス、そろそろ夕食にしようか」


「そうですね。私は、何をしたら良いのでしょうか」


「もう少し飲んでいて良いよ。飲みたいんだろう?」


「ありがとうございます。みんなへのお土産は、このお酒で良いですね」


「……飲める人と飲めない人に分かれる味だと思うけど」


「辛口かと思いきや、後味はさっぱりとした甘口でどれだけでも飲めてしまいそうです。きっとみなさまお好みだと思います」


「余ったら、テラスが飲むつもりだね?」


「そ、そ、そんなことはございません」


「まぁ、良いと思うよ。神で酒を飲めない者は少ないし、その揚げ菓子も買っていくんだろう?」


「甘くておいしくて、このお菓子も止まりません」


「……頻繁に来るようにしようか」


「はい!」

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