第13話 ピクニック日和

「テラス、今夜はみんなでピクニックに行くぞ!」


 クロウが突然そう言い放った。


「え、ピクニック? 夜に、ですか?」


「地獄は夜に美しい場所が現れるんだ。クロウ、説明が足りんぞ」


 ディランがクロウを咎めながら、言葉を足してくれる。


「地獄から、1箇所だけ天界が見える大きな穴がある。穴の中に降りることはできないが、その横から天界の煌めきを見るのも、また綺麗なんだ」


 もしかしてこの人は天界に住みたいのではないだろうか、そんな疑問を抱いてしまいそうな表情で、ディランは語る。


「ディラン様がおやつを作ってくれるぞ!」


 クロウはバタバタとはしゃぎ回っている。


「わかりました! 私もお菓子作りお手伝いするので、行きましょう!」







ーーーー

「あの……」


「気にせず、テラスはゆっくりとしているといい」


「すみません」


 テラスは不器用であった。信じられないくらいに。

 食べ物は無惨に飛び散り、道具は破壊されている。

 ディランは、クロウとテラスに休むように言い聞かせ、後片付けとおやつ作りを手早く済ませてしまった。


「すみません……上司の上に上位の神のディラン様のお手を煩わせてしまいました」


「いや、テラスにもできないことがあって安心した」


「俺も一度料理を作ろうとした時、火事を起こしかけて、それ以来はディラン様に任せているんだ!」


 胸を張って自慢げにするクロウに、少しは反省しろ、とディランがしかる。


「なにはともあれ、料理はできたから向かおう」






ーーーー

 着いた先は、草原だった。頼らない柵に囲まれた大きな穴に、天界からの煌めきが差し込む。

 穴の中では、我先にと崖を登ろうとしている者たちがいるらしい。


「皆で仲良く協力したら登れるだろうに……そのことに気づいたら、ここから出られることもわかってないのだ」


 悲しそうな表情を浮かべたディランは、争う様子を見守る。



「まぁ、彼らの様子が見えるような近くではなく、少し離れたベンチに腰掛けて、空でも見上げようではないか」



 ピクニックなのか天体観測なのかわからなくなりながらも、そんな会が始まった。




「ん! おいしいです!」


「それはよかった」


 ディランの手料理は相変わらず美味しかった。おかずから甘いものまでちょうどよく作られている。テラスが作った無惨な物体も、美味しそうに手直しされていた。


「ディラン様はお料理まで完璧にできてしまうのですね……」


「テラスは浄化もできるからすごいぞ?」


 落ち込むテラスに、クロウが励ましをかける。


「ふふ、ありがとうございます、クロウ」


「テラスにはいつもすごく助けられているんだ。君がいてくれたら、必要になった時には、地獄にも神の使い人を配属させることができるかもしれない。現状ではテラス一人で人手は十分だし、地獄へのイメージが悪すぎて難しいがな」


「使い人ならば、神に命ぜられたら誰でもすぐに来ますよ?」


 使い人という立場の弱さを自覚しているテラスには、命令に反抗するという思考が全くないようだ。


「せっかくなら、いいイメージを持って働いてほしい。その方が一生懸命業務に取り組むことができるだろう?」


「なるほどです?」


 いまいち、納得のいっていない様子のテラスではあるが、ディランなりに考えがあることは理解したようだ。


「あ、」


 テラスの手から、ディランが作ってくれたまんまるのお菓子が転がっていく。

 慌ててテラスが追いかけるが、なかなか追いつけない。


「テラス! そっちは!」


 お菓子を追いかけることに夢中で、テラスは大穴に落ちそうになる。そんなテラスを慌てて、ディランが支える。


「……すまない。大丈夫か?」


「わ、ええ、大丈夫です。助けていただきありがとうございます。あと、落としてしまいました。すみません」


 テラスの落としたお菓子は、大穴の中の者たちが奪い合いながら、食べている。


「大丈夫だ。彼らが食べても特に問題はない」


 ディランはテラスの手を引いて、クロウの元に共に戻る。


「大丈夫でしたか? すみません、俺が行った方がよかったですか?」


「いや、テラスは大丈夫なようだ」


「よかったっす。一応、残る者も必要かと思って、食べ物を見張っておきました」


 この場には食べ物を奪い取るものはいない。しかし、力あるものから離れてしまうと澱みの影響で食べ物が腐ってしまう可能性がある。そのために、クロウはその場に残る判断を下したようだ。



 お菓子を食べ終わった手をしゃぶりながら、穴の上を見上げる者が一人。


「ふーん、あれが地獄の神のお気に入りっぽいな……使えるな」


 陰を感じさせる瞳の奥が、きらりと不気味に輝いた。

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