第16話 テラスの救出

「地獄の神のお気に入りの娘は、どちらでお渡ししたらいいでしょうね?」


 緊急用の装置で大穴の真上まで上げられ、テラスを抱き抱えたまま、ニヤニヤとする咎人。



「その柵は危険なようだから、とりあえず柵の外に出てこい」


「へい」



 咎人は、テラスを柵の内側に入れ続けながら、柵を跨いで出てきた。攻撃したら、テラスを穴の中に落とすという意思表示のようだ。攻撃されないように、テラスを盾に、器用なことをさらりとこなす。

 咎人が一歩一歩と草原を歩くと、草が汚染されて枯れていく。



「テラスは大丈夫なのか……」


 あまりの澱みにディランが心配する。


「普通なら、苦しいはずですが……」


 意識を失っているテラスの表情は穏やかだ。いや、むしろ、心地良さそうに眠っているように見える。浄化魔法の魔力はほとんど尽きたようだが、一体なぜ…? と、ディランもクロウも首を傾げる。だが今は、それどころではない。


「テラスを離せ」


「身の安全を確保できるまでは、離せませんね」


「お前の望みはなんだ?」


「地獄の罪人の望みなんて一つしないでしょう? 地獄からの解放ですよ」


 罪人が罪を償わずに地獄から出ることはできない。罪を今まで償えていないということは、反省の意思もないのだろう。


「……わかった。ただ、人間の状態で出すことはできない。別の生物にするが、いいか?」


「まぁ、地獄の神のメンツ的にも、その辺りがギリギリのラインですかね」


 どこまで事情を知っているのかわからないが、咎人は人間の状態では出さないと理解していたようだ。


「じゃあ、せめて、簡単に死ぬことがないように強化しておいてくださいよ?」


「そうすると、死んだ時は輪廻天性から外れて消滅することになるが」


「構いませんよ」


「……わかった。クロウ。そこに術式を書いてくれ。発動直前にテラスを離して中に入ること。お前以外が入ると術式は消滅するからな」


「あぁ、地獄の神。誓ってもらってもいいですか?」


「……地獄の神の名によって、咎人を人間以外の生物に転生させ、強化魔法をかけた状態で解放すると誓おう」


「ありがとうございます。何に慣れるんですかね?」


「……お前の状態次第だ。状態が悪かったら、何になるかわからんぞ」


「体力には自信があるんですよね。数百年も刑に処されてるんで」


「じゃあ、テラスを置いて入れ。お前にしか効果がないようにしておいた。魔法陣の術式の説明はいるか? 一応確認する時間を取るか?」


「いいですよ。誓ってもらったので」


 咎人の横にクロウが魔法陣を書き、あとは、発動させるだけになった。


「発動させるぞ?」


 ディランが魔力を込め、クロウが杖を構えると、魔法陣が起動して、眩く光り始めた。咎人はテラスを放り投げて魔法陣に飛び込んだ。


「……テラス!」


 ディランが慌てて、テラスを抱き止め、声をかける。


「っ……」


 軽く身じろぎしたが、意識はすぐに失われる。ディランが慌てて浄化魔法や回復魔法を順番に試していく。




「うぉー! 力がみなぎってくる!!」

 その横で咎人は、転生を喜んでいた。


 その様子をクロウが静かに見つめている。何に変わるのかは、まだ誰にもわからない。光が落ち着いていくと、咎人の姿は見えなくなった。

 その瞬間、クロウが咎人がいたはずの空間に飛び込み、何かを掴む動作をした。



「どうだ?」


「想像以上に状態が悪かったようです」


「ということは、虫か?」


「コバエでした。どうしましょう」


「地獄の法に則り、火炙りで処罰しよう」


「御意」


 カラスの姿に変化したクロウが、捕まえた咎人を口に放り込む。それと同時に、口の中で火を吐いたようで、咎人の叫び声がしばらくその場に響いた。そして、ペロリと飲み込むと、神の姿に戻る。


「約束は何一つ破っていないぞ」


 そう言ったディランは、クロウを連れて、テラスの部屋に戻って行った。





「一体何が悪いんだ?」


 グラーシスを地上から呼び出し、診断してもらう。


「軽い魔力切れの起こしかけね。この子の魔力量恐ろしいわね」


「ぅっ」


「テラス!?」


「あれ? ここは……咎人さんに騙されて……あ! 澱みは!?」


「大丈夫だ、テラス。全て解決している。澱みは全て浄化してくれた。ありがとう」


「私が澱みを漏らしてしまって……あれは浄化していいものでしたか?」


「浄化が間に合わずに臨時で押し込んであったものだ。全く問題ない。むしろありがとう」


「無事に意識戻ってよかったわー! じゃあ、私は戻るわね!」


「グラーシス様!? ありがとうございました」


 テラスが慌てて頭を下げようとすると、グラーシスが近寄ってきて、テラスに言う。


「グラーシス様じゃなくて、お姉様って呼んでちょうだい? ねぇ、ディラン? お姉様にご挨拶は?」


「……愚弟の呼び出しに快く答えてくださり、ありがとうございました。お姉様」


 ディランが嫌そうにお姉様と呼ぶと、グラーシスは満足げに微笑む。


「あの、グラーシスお姉様、ありがとうございました」


「まぁまぁ! ディランのイヤイヤなお姉様じゃなくて、テラスの心のこもったお姉様、素敵ー! 私満足! じゃあねー」





「……相変わらず嵐のようなお方ですね」


 クロウがぼそりと呟き、ディランはテラスに声をかける。



「テラス。体調はどうだ? グラーシスが大丈夫と言うなら心配はないと思うが……」


「ありがとうございます。大丈夫です」


「お前、意外と放っておけないタイプなんだな!」


 クロウにまで手のかかる子認定されたテラスは、こっそりと落ち込んでしまったようだ。クロウ的には仲間意識を持った発言だったようだが……。



「私、迷惑ばかりかけるんじゃなくて、ちゃんとお役に立てるようになりたいです……」


 テラスが呟いた小さな声は布団の中に消えて行った。

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