第11話 第一の左遷劇
「ところで、テラスのこれまでの仕事ぶりはどんな感じだったんだ? これだけの人材だ。いなくなった部署の穴埋めは大変だろう」
ディランがミコにそう尋ねた瞬間、ミコの愚痴りたい欲が爆発した。
「本当、聞いてくださいよ、ちょっとお酒飲みながらじゃないと語れないんですけど、本当に怠惰よ神ってクソ上司で、」
ディランがクロウに言ってすぐにワインを持って来させる。グラスを煽るようにワインを飲み干し、ぐいぐいとグラスを空にしながら、ミコが語り始めた。
「……ってな感じで、テラスに仕事は押し付けるしぃ、テラスに八つ当たりしてばっかりだしぃ、ひっく、神の使いの仕事もテラスにやらせるし、もーって、もー、」
「ミコ、お酒はもうやめて、お水にしといたら? ほら、これ飲んで」
「テラスぅー! テラスがいなくなってさ、私たち神の使い人はさ、大変だけど、のうのうと過ごしてるあいつらが許せないのぉ」
うわぁんと泣き始めたミコに、テラスがお水を飲ませて介抱する。
「大丈夫。ありがとう、ミコ。ミコがそう怒ってくれることが幸せだよ」
「テラスぅ、ひっく」
「……有益な情報に感謝する。クロウ、事実関係を洗い出すために、今すぐ恋愛の神を食堂に呼べ」
「はい、ディラン様」
クロウに引きずられるようにして連れてこられた恋愛の神は、何事ですか、と混乱している様子だった。
「あ、テラスにセクハラまがいなことばっかしてる、恋愛の神だぁ」
酔っ払いミコの発言にその場の空気は凍った。
「ほう、恋愛の神よ。テラスにセクハラとは、聞き捨てならないな?」
「いえ、あの、その、コミュニケーションの一環でして、なぁ! テラス!」
「そ、そうです! ちょっと距離が近いなと思う時はありましたが、基本的にはすごく良くしていただきました」
「ほぅ……まぁ、テラスがそう言うなら仕方ない。なぁ、恋愛の神よ。セクハラでの異動はお好みかな? それとも、怠惰の神がテラスに行っていたことの実態について報告書をあげたいか? 好みの方を選んでいいぞ」
「す、すぐに報告書を用意いたします。テラスをマッサージ機代わりにしていた美容の神についても、必要でしたら、今すぐに」
「それは興味深い報告書ができそうだな」
クロウが本能的に何かを感じ取っているようで、ガタガタと震えている中、酒に酔ったミコはいびきをかいて爆睡していた。
「うー、飲みすぎたかも……」
「おはよう、ミコ。よかったら、浄化するよ」
「まて、ミコ! やめておけ、覚えてないのか!? あぁ、そうか……寝てたか……」
「え? 何の話?」
「大丈夫ですよ、恋愛の神。私がしたかったらいいんですよね、ディラン様」
「あぁ、テラスがしたいならしてあげるといい。神の使い人の証言では効力がないが、君から重要な話を聞くことができて感謝しているぞ。それと、テラスの友人として今までテラスを守ってきてくれたようだしな」
「え、何の話ですか? ……テラスありがとう。すっごく楽になった」
「どういたしまして」
記憶を失っているミコに、テラスは浄化魔法をかけた。
「地獄の神、こちらがお話しした報告書でございます。私自身の報告書としての効力を持たせるため、証明魔法を施しておりますので、どうぞご査収くださいませ」
え、証明魔法ってレアじゃん、というミコの声は誰にも届かず、消えていく。
「ほう、仕事が早いな。テラスに近づくことは許さないが、行き場に困ったら地獄で使うことも考えてやろう」
「あの、その、今の部署が気に入っておりますので、なにとぞ……」
「どうする? テラスの好きにしていいぞ」
「人手が必要になったらヘルプに来ていただく形で、このまま今の部署にいてもらいましょう」
「じゃあ、そうするか。いいな?」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
ガタガタと震える恋愛の神を見て、何でこんなに怯えてんの、と首を傾げるミコであった。
「それでは、失礼致します。もしも、言葉での証明が必要でしたら、いつでもお呼び立てくださいませ」
「また会いにくるね、テラス!」
震える恋愛の神とご機嫌なミコ。温度差の激しい2人が帰っていった。
「ごめん、テラス。受け取った報告書を上にあげるために、少し外すね? すぐ済むと思うよ」
「ディラン様のお手間になってしまって、申し訳ございません。私はもう、気にしておりませんので大丈夫ですよ?」
「第二のテラスを出さないためにも、必要な措置なんだよ。決して、その時のテラスを救えなかった私怨ではないから、安心して」
「第二の私と言われると、何も言えません。わかりました。業務を終わらせながら、お待ちしております」
「うん。すぐ戻るよ」
ーーーー
「久しぶりにお目にかかります。最高神」
クロウと共に天界に飛んだディランは、最高神の部屋に訪れていた。ディランが片膝を立てて頭を下げる。
「ディラン! 我が兄弟! そんな堅苦しい挨拶はやめないか。突然天界に来るなんて珍しい。何があったんだ?」
「一応形式として必要なので。怠惰の神について、報告したいことがあるんだ。恋愛の神の証明魔法付きの報告書だ。読んでくれ」
最高神は差し出された書類を受け取り、ざっと目を通す。
「私利私欲のために神の使い人を使う美容の神と怠惰の神のこれはひどいな……ん? このテラスっていうのは、大聖女に転生す」
「最高神。テラスは我が地獄でよく働いてくれています」
最高神の言葉を遮り、圧をかけるディランの様子に、最高神は顎に手を当てて少し考える。
「……うーん、そもそも神の使い人になるための条件として、“世界の存続に関わる者に転生予定じゃない”っていう要件に合わないのだが。そのための検査を受けさせなかった神々にも罰が必要なのだが……。ディランがそこまで執着するのも珍しいし、地獄の人手不足は常々心配していたからな……。わかった、特例として認めよう。ただし、テラス本人の意思の確認と、その世界の救援が必要になった時にはディランとテラスに派遣されてもらうという条件付きだ」
「ありがとう、最高神。理解してくれて嬉しいよ」
「じゃあ、後日、怠惰の神についても聞き取り調査の要請と一緒に意向確認の呼び出しを行うから、テラスにそう伝えておいてくれ」
「わかった。ただ、怠惰の神の左遷は必須だろ?」
「そうだな。恋愛の神の報告書があるから、テラスの証言は特に必要はない」
「地獄で酷使するか?」
「いや、神の使い人相手の行動だから、そこまでは責任を問えない。ディランのお気に入りということを勘案しても、せいぜい神の使いと同等の業務に落とすまでだな」
「まぁ仕方ないか」
「反省の様子が見られなかったら、また検討するよ」
ーーーー
「何で俺が神の使いと同じ仕事をしなきゃいけないんだ!」
降格辞令を受け取った怠惰の神は、不満げだ。
「お前のお気に入りのテラスが、地獄の神に色でも使ってこうなったのか? あいつに色なんて使えなさそうだけどな」
地獄の神は女の趣味が悪い、とブツブツ言いながら、怠惰の神は恋愛の神に絡む。
「一応、上司は僕ですよ? 怠惰の神」
監査役にと選ばれた恋愛の神が、怠惰の神に苦言を呈す。
「くそが! テラス、絶対許さねーぞ」
暗い光を目に宿した怠惰の神は、誰にも聞こえないようにそう呟いた。テラスへの恨みを募らせるようであった。
ーーーー
「もー……地獄に左遷だ、もー……」
「ほら、あんた早く釜を磨きな! これでもテラスがきてから浄化された方なんだから、ガタガタ抜かすんじゃないよ!」
鬼に詰められながら、牛は一生懸命地獄で釜を磨くのであった。
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