第36話 勇者の消えた世界
「元怠惰の神は、問題ありませんでしたよ」
「そうか……」
「クニヒト様の世界は、問題ないのでしょうか?」
「……聞きに行ってみるか」
ーーーー
「ディラン様にテラスさん! 助かりましたぁ!」
「……間違えました」
「間違ってないですぅ!」
「なぜ、女神様スタイルでいらっしゃるのでしょうか?」
「そ、そんな風に淡々と聞かれると怖いけどぉ……女神として降臨する時もあるかなーと思ってその練習を」
「音声だけで降臨したら、よろしいのではないでしょうか?」
「つめた! この子ってこんなに冷たい子だったんですねぇ」
「私も友人として不安を覚えるから、テラスの反応は最もだよ」
「ディラン様まで!?」
「……ところで、そちらの世界は大丈夫ですか?」
「そうなんです! 助かりましたぁ! 勇者が魔物との戦いで、どじを踏んでしまって死んじゃったみたいで……。今から新しい勇者育てたって早くても数年かかるし……。勇者に憧れた冒険者たちや勇者パーティーの残りのメンバーが頑張ってくれているけど、火力が足りないんですぅ。お願いします! 助けてあげてくださいぃ」
そう叫びながら、涙や鼻水、いたるところから水という水を出しながら、土下座するクニヒト。そのままディランとテラスに向かって手を伸ばす姿は、命乞いする罪人のようであった。
「わかった、わかったから、落ち着け。クニヒト」
「……とりあえず、大規模浄化で勇者様分の魔物討伐をしてきますから」
「……ぐずん、あと、魔物の発生源となっている、魔物の穴もなくしてきてくれると助かりますぅ」
「……私の浄化魔法でいけますか、ディラン様?」
「……魔力の増強剤を2回飲むことになるが、回復を挟めばいけると思う」
「わかりました。増強剤を飲んで魔物の穴を浄化して一度こちらに戻り、回復の後、増強剤を飲んで再度浄化魔法をかけます」
「……無理ではないか?」
「いけます……多分」
「クニヒト。テラスに負担をかけすぎだ。後日でもいいだろう?」
地獄の神が、クニヒトへと問いかけるために振り向こうとするのを、テラスが首を振ってそっと引き留めた。
「いえ、先日勇者には、借りができたので……
「……あれか」
「問題はありません。やれます。無理だと思ったら、私からディラン様に申告するので、見守っていてくださいますか?」
「そう言われたら、こちらも何も言うまい。ただ、きついと思ったらちゃんと申告するんだよ?」
「はい」
ーーーー
「……ここが魔物の穴か」
「思った以上ですね」
「大丈夫か?」
次から次へと穴から這うように溢れ出す魔物の姿に、二人は言葉を失った。しかし、気を取り直した地獄の神が、テラスの頭をふわりと撫でる。その手に、はにかんだように微笑みながら、テラスはお礼を言って、増強剤を飲み干した。
「はい、ありがとうございます」
「……いきます。浄化」
ぱぁぁぁあ。周囲が淡く光り、魔物の穴からは何も現れることはなくなった。
「一応、この穴埋めておきましょうか?」
「それは、私がやろう」
地獄の神が軽く手をかざすと、地面が隆起して、穴が塞がった。
「……前に岩を置いておくだけだと、封印が解かれた前例があるからな」
「封印とは違いますが……そうですね」
そう言った二人は、どちらともなく手を重ねてクニヒトの元へと戻って行った。
ーーーー
「あっら。ベッドはひっつけておいた方がよかったですねぇ」
「結婚です!!!」
「いらない心配だよ!!!」
二者二様で断り、テラスは回復に努めることとなった。
「テラス? 必要なものがあったら、私が取ってくるから教えてほしい」
「ディラン様。大丈夫です、ありがとうございます」
ーーーー
「では、行ってきます」
「ごめんなさいねぇ。ディラン様の朝ごはんおいしぃ」
「……いってくる」
「こっちだ!」
「引き付けておくから、やってくれ!」
「任せろ!」
勇者パーティーが連携をとりながら魔物たちを倒していく。冒険者たちも必死に戦っているようだ。
「これ、魔物を倒したら消化不良になってしまいませんか?」
「いや、大丈夫だろう。あそこなんて苦闘しているぞ」
地獄の神が指差す先には、一組の冒険者パーティーが今にも魔物に倒されそうになっていた。
「……浄化!」
テラスは、慌ててその近くまで走って行き、大規模浄化を行なった。
「……あなたは?」
「私は……」
「ここの女神の使いだ。魔物の数を減らしてやったんだから、残りは任せたぞ」
「でぃ、ディラン様?」
輝きを身に纏いながら微笑むテラスに、周囲のパーティーは目が釘付けだった。その様子を見た地獄の神は、面白くなさそうな顔をしながら、テラスの手を引きクニヒトの元へと戻ろうとする。
「お待ちください! 女神様の使いの方々、ありがとうございます!」
「お礼に先ほど倒した魔物たちの肉を料理するので食べて行ってください!」
「秘蔵用に取ってあった酒も開けますので!」
冒険者パーティーたちも勇者パーティーたちもお礼に何かしようと考えたようだった。
神の使いがそんなもん食えるわけないだろ、と言ったツッコミが飛び交う中、必死に何を捧げることができるか考えているようだ。
「魔物料理……?」
「て、テラス?」
結構だ、と地獄の神が断ろうとすると、魔物料理にテラスが食いついてしまったようだ。
「ディラン様。魔物料理もこの世界のお酒も気になりませんか?」
「仕方ないね、テラスは。いいよ、食べてからクニヒトのところへ帰ろうか」
魔物料理……もちろん、普通の肉料理もあったのだが……に舌鼓を打ち、冒険者たちとパーティーのように盛り上がった後に、クニヒトの元へ戻った一人と一柱を待ち受けていたのは、不貞腐れたクニヒトであった。
「……ずるいですぅ。あたしの世界なのに、あたしよりもちやほやされてました」
「すみませんでした」
「すまない、クニヒト。不可抗力で楽しんでしまった」
不可抗力と言った地獄の神の口をテラスが慌てて手で塞ぐ。
「せっかくお礼にこっちでもいろいろ用意してたのに……」
クニヒトが差し出したのは、山盛りの魔力増強剤から隠していたのであろう秘蔵のお菓子の山々だった。
「あたしよりもテラスさんの方が祀られててぇ」
「それは不可抗力ではないでしょうか?」
そう言い返したテラスの口を、慌てて地獄の神が手で塞いだのであった。
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