第5話
卯月を『見つけた』勢いで、何も用意がないまま二人を誘ってしまった。
卯月は駅前で弾き語りをしているくらいだからその道に進みたい気持ちはあったのだろうけど、響まで乗っかってくれるとは思わなかった。
とんとん拍子すぎて、環境が全く整っていない事に焦りを覚えながらも、ニート生活が唐突に終了した事で前向きでもある。
何はともあれ、環境を整えなければ。
金があれば大体の事はどうにかなる。
練習場所、衣装、曲、振り付け、ライブハウス、ファンを獲得するための広報。最低限、活動をしていくために必要なものは金を出せばすぐに調達は可能だ。
だが、如何せん金がない。
ただ無いなりにやれることがあるのも事実だし、アヤがまだ地下アイドルだった時代は色んな手段で調達していた。手作り感が否めない部分も多分にあったが。
駅前の大型モニターに映し出されているアヤの新曲PVに耳を澄ます。
歌声はかなり加工されていてそれなりに聞けるようになっているが、これまでとはかなり路線が変わっている。
生歌が下手になったという話を卯月がしていたし、それも相まってこうするしか無かったんだろうと、内部事情を察する部分もある。
ダンスもカットが多用されていて、映像としての仕上がりは良いが本人のダンスのキレは分からない。これも編集で覆い隠しているのかもしれない。
確かに俺はアドバイスはしていたが、短期間でここまで変化があるとは思わなかった。
何かの心変わりがあって「戻ってきて欲しい」なんて話があるかも、なんて希望が頭をかすめる。
まぁそんな事を言われても俺は別の方向に走り出してしまったわけだし、無理な話だが。
アヤの歌声から逃げるように細い路地に入り込むと、平日の昼間だというのに、いかにも荒れていそうな高校生達が路地の隅に固まっていた。
男子の制服を着た人が数人の女の子の前でダンスを披露している。踊っているのは女性アイドルグループの人気曲だろうか。
明らかにダンス経験があると思われるキレの良さ、それに男だというのに身のこなしが完全に女性のそれで、つい通りすがりに目が行ってしまう。
「アハハ!
いかにもなギャルという風貌の女子が笑いながら男子のダンスをスマートフォンで撮影している。男子も満更では無さそうなので、虐められているというよりは単にじゃれ合っているだけなんだろう。
驚いたのはその男子がとんでもない美少年だった事。鋭い目つきではあるが、中性的な顔立ちに白い肌、青いメッシュを入れたショートカットが良く映えている。
ネクタイを緩めた胸元にはほんのりとふくらみがあり……って女!?
その事実に気付いた俺は呆然として立ち尽くす。
「どう? 上手――え? お、おっさん、誰?」
男子はまだ声変わりを迎えていないのか、ハスキーながらも高めの声で尋ねて――いやこの人は男の子じゃない。女の子だ。
いや、待て。俺はおっさんと呼ばれたのか? まだ26だよ?
「お……おっさん?」
俺が自分を指さしながら尋ねると、全員が頷いた。おっさんかーーーー。まぁそうだよなーーーー。
高校生達が立ち上がり、警戒の目を俺に向ける。
「うん。それで、何?」
「あー……キミって女の子なの?」
尋ねた瞬間に自分がキモイ話の導入をした事に気付く。
それと同時に高校生達の顔色が曇っていく。女子達は慌てはじめ、男っぽい子は眉間に皺を寄せて「はぁ?」と言った。
「うっせぇ! どっちでも良いだろうが!」
男っぽい子が叫ぶ。これまた良く通る声で叫んでいるというのに耳に良くなじむ声質だった。
「あ……虎子。マックでもいこ」
「あ……うん」
虎子と呼ばれた男っぽい子は他の女子達と一緒に俺から離れていく。
あああああ! また逸材を見つけたというのに逃げられてしまった!
かといってこのまま追いかけたら通報されかねない。
俺は虎子と呼ばれた『女の子』の後ろ姿を目に焼き付けつつ、またの再会を祈りながら彼女たちを見送るのだった。
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