第17話
翌日、虎子が店にやってきた。
背は高いが胸はそこそこという事で、以前、世莉架が着てアウト寄りのアウトだったメイド服へ着替えるのを4人で待つ。
「しっかしさぁ……黒子ってすーぐ可愛い女の子を拾ってくるよねぇ」
響がニヤニヤしながら俺をいじってくる。
「拾うとか人聞きの悪いこと言うなって」
「拾われた1号は私かな?」
卯月も響に乗っかって悪ノリしてきた。俺は黙って世莉架の隣に移動する。ここは安全圏だ。
「……3号」
「世莉架!? お前もか!?」
「そんなブルータスみたいに言わないでください――おや? ギャルヌンティウスがいらっしゃいましたね」
ギャルヌンティウスってなんだよ、と言おうとしたが、更衣室から出てきた虎子を見て息を呑む。
「くっ……こ、こんな格好すんのかよぉ……恥ずかしいんだけどぉ……」
虎子はメイド服の短いスカートの裾をプルプルと震える手で掴み、恥ずかしそうに俯いている。短い髪の毛を後ろで無理矢理結んでいて、勝ち気なキャラとのギャップが何とも言えない雰囲気を醸し出している。
「とっ……とりあえずこれでも着ておくか」
俺は衣装掛けにあったベンチコートを手渡す。
「おう。ありがとな」
虎子はにっと笑って受け取り、ベンチコートに袖を通す。
「うし……じゃあ自己紹介から始めるか」
虎子は頷いてメンバーを見渡す。
「
ペコリと虎子が頭を下げると茉美が「おぉ……ゴッドタイガー」と呟いた。
「ゴッドタイガー?」
全員の紹介をしないといけないのに、ついいつものノリで拾ってしまう。
「神に虎ですからね。もしかして……親御さんは阪神ファンですか?」
まぁ確かに虎子なんて名前、そうでもないとつけないか。
「そうなんじゃねぇか? まぁ一年くらい口を利いてねぇから知らねぇけどさ」
「あー……そ、そうだ! ブラックマウスさん! 紅茶を淹れましょうか!?」
茉美は自分から気まずくなるジョークを振るのは出来ても人の地雷を踏んだ後の処理が苦手らしい。攻撃に全振りして防御力がゼロのようだ。
「ブラックマウス……黒子……俺か?」
「そうですよ。ちなみに私はビューティフルホースです」
「美馬だからな」
「……ドラゴンスネーク」
「辰巳さん。カッコ良すぎるぞ」
「ホワイトラビット……なーんか私だけ可愛すぎない?」
卯月が頬をふくらませて不服さをアピールしてくる。
「白兎だもんな。イメージ通りだろ」
そういえば響が会話に参加してこないな。
「響は……牛尾……ビーフテール……」
俺がそう言うと全員が下を向いて笑いをこらえるように身体を震わせる。一人だけカッコ良い要素がなさすぎる。響のキャラも相まって全員が笑いを耐えられなくなりつつあり、不思議な空気が漂う。
「……ぷっ」
最初に耐えられずに吹き出したのは世莉架。
「あぁ!? 笑わないでくれる!?」
響はその場で足踏みをして抗議してくる。
「コードネーム! ビューティフル・ホース茉美!」
茉美が急に店内のステージに上り、長い黒髪を結わえたポニーテールに手を添え、決めポーズを取る。
「……ドラゴンスネーク世莉架」
世莉架もそれに乗っかった。身体をくねらせ、細長い龍のようなポーズを取る。
「ホワイトラビット卯月!」
卯月も元気いっぱいにステージに飛び乗って両手を頭につけてうさ耳を作る。
一度流れが途切れる。
三人がチラッと虎子を見る。虎子も自分が何をすべきかは分かっているんだろう。
「くっ……ご、ゴッドタイガー虎子!」
虎子は渋々ステージにあがると、女豹のように手をくねらせた。
最後はビーフテール響。
四人が「早く来い」とばかりにステージから視線を送る。
響も覚悟を決めたようにステージに飛び乗って指を牛の角に見立てて頭に添える。
「びっ……ビーフテール牛尾!」
奇しくも向かって左から世莉架、茉美、虎子、卯月、響の順番で並んだ。特に身長の高い二人が両端に立ち、比較的小さい三人が真ん中。その中でも眉目秀麗かつ容姿端麗と言いたくなるくらいにイケメンと美女の美しさが混在した虎子がセンターで全体を引き締める構図。
「うん……悪くないぞ! というかめっちゃ良いぞ!」
茉美が呆れた様子で「はぁ」とため息をつく。
「さすがにビューティフルホースという芸名はお断りしたいのですが……」
「そっちじゃねぇよ! 今の5人の並び、すごくいい感じだぞ。そのまま踊って……って虎子はまだ振り入れしてないか」
今日合流したばかりだから振り付けを何も知らないのだった。
「覚えてきたぞ。えっ……エロサイトに上がってた動画だけど……」
「まさかこんなところで役に立つとは思わなかったっす……」
「普通の動画サイトにも上げといてくれよ!? まぁ……折角振りが入ってるならやってみるか?」
全員が頷き、5人で踊るには狭いステージから降りて店内の空きスペースで陣形を組む。
4人でも十分に華があった。ビジュアルだけならどこを見ても隙がないと思っていた。
だが、真ん中に虎子が立つことでより一層全員の可愛さが際立つ。引き立て役というのは本来、周囲よりも可愛くない人が担う役割のはずだが、虎子はそんな法則をガン無視してグループとしての絵面を引き上げる。
「じゃ、おっ……音楽かけるぞー」
これから始まる光景に期待感が膨らみすぎて、思わず声が上擦る。
一音目にホワン、と可愛い音が流れた瞬間、虎子の目つきが変わる。
虎のように鋭かった目は、一瞬でアイドルの笑顔に切り替わり、メイド服を隠すために着ていたベンチコートを脱ぎ捨てる。
そして、一音ずつ、確実にピシッと動きと音を合わせて身体を動かし、止め、動かし、止め、と静と動を繰り返していく。
曲が進み、中盤に差し掛かると、ダンスソロパートがある。4人の時は難易度が高く、きちんと全員に落とし込めなかったので簡単な振り付けに変えていたところだった。
だが虎子はそのパートを独自の解釈で自分の踊りに仕立て上げる。
曲が終わり、虎子に載せられて全力のパフォーマンスを終えた全員が肩で息をしている姿を見て、俺もやっと自分が呼吸を忘れていたことを思い出す。
「いやこれ……まじかよ……」
アヤなんて目じゃない。眼の前にいる5人は彼女を飛び越え、どこまでも行ける。そんな漠然とした期待感が確信に変わってしまったと自覚する。
「なぁ、黒子」
汗を拭いながら虎子が話しかけてくる。
「な……なんだ?」
「その……やっぱこの服で踊るのは恥ずかしいや……執事服とかないか?」
コイツ、どこまで周囲の性癖を歪めに行けば気が済むんだよ!?
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