第12話

 衣装合わせが完了し、四人で優雅なティータイム。ある程度でここもメイド喫茶として回していかないといけないわけだし、練習も兼ねて響が全員に淹れ方のレクチャーを兼ねた休憩だ。


「場所と衣装は決まったとして、実際にどんな歌をやるか決めるの?」


 響が紅茶を一口飲んで尋ねてきた。


「そうだな。ライブイベントで短いところだと20分くらいだろうから、4,5曲くらい持ち曲があればいけるな。オリジナル3曲、カバー1曲って感じかな。振り付けは俺がやれるから、曲をフリーランスの人に発注するか、ここに書ける人がいれば、って感じかな」


 まぁ先にコンセプトを決めないと何も動けないんだけど。敢えてそれを言わずに誰が最初に指摘してくるのか、ちょっとしたテストだ。


「はーい! 書けまーす!」


 卯月が勢いよく手を挙げる。駅前で弾き語りをしているくらいだし音楽系の話は卯月が強そうだ。曲も作ったりしているんだろう。


「弾き語り用の曲じゃないぞ。いけるか?」


「あ……う、うん! 頑張ります!」


「まぁ編曲は俺が一緒にやれるからとりあえず作ってみてくれ」


 まだ各々の実力も分からないのでとりあえずやってみる精神だ。


「振り付けは曲ができたらだな。カバー曲は歌の練習と振り付けのアレンジに入れるからそこから始めるか。何かやりたい曲はあるか?」


「まずコンセプトからじゃないっすか? それがないと何も決めようがなくないですか?」


 茉美が小さく手を挙げて指摘してくる。やっぱり口は悪いし独特だが冴えるタイプみたいだ。


「お! そうなんだよそうなんだよ。まぁ……衣装は今のところ、メイド服でいくしかないからなぁ」


「では敢えてこういうのはどうでしょうか?」


 茉美はそう言って椅子から降り、ヤンキー座りをした。そしてアンニュイな表情を作り、椅子に座っている俺達を見ながら中指を突き立ててきた。


 大方、主人に服従することが存在意義であるメイドが敢えて反逆をすることでインパクトを出したい、ということなんだろう。


「……なるほど。面白い……んだね」


 最初に茉美の行動の意図を読み取ったのは世莉架。


「どういうことだ?」


 俺は敢えてとぼけて世莉架に降ってみる。


「メイドというのは本来は主に仕えるべき存在。だからこそ、逆に誰にも仕えずに抗う姿にすることで印象深くなる……んだよ」


「御名答です」


 茉美は嬉しそうに微笑みながら椅子に戻る。


「まぁ……悪くないけど地下アイドル感がすごいな……」


 王道、正統派からは程遠い。途中で路線変更というのもよくある話だが、入口がこれだと後から苦労しそうだ。


「というかこの状況で地下アイドルじゃないなんて言えますか? コンカフェ紛いの店で小銭を稼ぎ、中古のメイド服を着て素人同然の人たちがステージで踊る。しかも運営はクビになった弱者男性が一人で回す予定。どこからどう見ても地下アイドルなんですから地下アイドルっぽく振る舞うべきかと」


「おい、誰が弱者男性だよ」


「失礼。言葉が過ぎました」


 茉美はニヤリと笑って訂正する。相変わらず食えないやつだ。


 だが茉美の提案したコンセプトは他の三人に深く刺さったようだ。


「世の中への反逆……厨二病みたいでワクワクしない!?」


 最年長なのに末っ子みたいな反応をしているのは響。


「うんうん! 良いじゃないですか!」


 卯月も異論はないらしい。


 まぁ本人たちが気に入っているなら俺からどうこう言うものでもないだろう。


「じゃあ歌は激しめで用意してみるか。カバーもその路線でやりたいものがあったら後でグループチャットに書いといてくれ。とりあえず……四人の実力を知りたいな。パート分けの案を考える参考にもなるから。順番に歌ってみてくれるか?」


 俺がそう言うと卯月が「はーい!」と元気に返事をしてステージに上がった。


 ◆


 全員の歌唱力と踊りのチェックが完了。


「じゃ、一人ずつフィードバックと家でやる練習メニューを作っといたからな。さっき個人毎にメッセージで送っといたから」


「え!? 今の間で!? 30分も経ってなくない!?」


 響が大袈裟に驚く。


「別に普通だよ。まず踊りについては響以外の三人は初心者だよな? 筋は悪くないから、基礎練からやっていこうな」


「ふっふーん。私はいい感じでしょ?」


「まぁ、比較的な」


 手放しで褒められるかと言えばそうではない。響は歌もダンスも、良くもなく悪くもなく本当に普通だ。歌は他に引っ張れる人がいるので問題ないが、ダンスは少しきつそうだ。


 ダンスについては街で見かけた虎子という女の子の事をどうしても思い出してしまうが、今はこの四人でやるのだから無理矢理頭から追い出す。


「ただ歌はいい感じだよ。世莉架は声楽のクセがまだかなり強いから、もう少し抑えめにしたほうがいい。卯月はやっぱ場数を踏んでるからいい感じだな」


「えへへ……褒められちゃった」


 照れ隠しに頬をかく卯月に「だけど」と前置きをする。


「ちょいちょいピッチが外れてんだよな。全体的に1/4音くらいフラット気味。録音して聞き直してみること」


「はぁい……」


 卯月は少ししょげながら返事をする。まぁあまり褒め殺して天狗になられても困るしな。アヤはそれで壊れてしまったわけだし。


「で、茉美のラップだけど、リズム感は良いんだけど言葉ごとの強さがまだ掴みきれてないな。どこに力を入れたらいいのか、歌詞にメモ書きしといたから見ながら練習してみてくれ」


「あ……ありがとうございます」


 茉美は不思議そうに歌詞カードを眺める。


「どうした?」


「あぁ……いえ。どこかの弱小事務所でマネージャーをしていたと聞いていたものですから、こんなにガチなフィードバックがあるとは思わなくて……」


「まぁ俺も昔ちょっとだけやってたんだよ。それに前の事務所でも担当してたアヤに教えてたしな」


「はああああ!? アヤのトレーナーもしてたってこと!?」


 全員がぎょっとした顔で後ずさる。


「いや、前にも言ってたろ……」


 世莉架と茉美には詳しい話はしてなかったにしても他の二人まで驚くのかよ。


「なんというか地下アイドルと言っていたのがおこがましいくらいの人だったんですね」


「そんな事ないよ。マネージャーの前は売れなくて引退した歌のお兄さんだからな」


「『やっくん』だよね?」


 そういえば卯月は俺が昔、人前に出てパフォーマンスをしていた時代のことを知っていたんだった。


「ま、ググれば出てくるから興味があれば」


 茉美はまだ何か言いたりなさそうな雰囲気だ。


「まだなにか質問があるか? 何でも聞いてくれよ」


「質問ではないのですが、その……先程の発言は撤回します。弱者男性という言葉。全く持って正反対ですね。これからもよろしくお願いします」


 茉美がそう言ってペコリと頭を下げる。


「……猛獣を手懐けた」


 世莉架がボソッと呟く。まぁ確かに茉美は猛獣だ。

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