第13話

 四人のメンバーを集めて練習を開始して一ヶ月。気づけば年も明けて1月となっていた。


 今日も今日とて鏡の前に立ち、小さなタンブラーをマイク代わりに練習をする四人を見届けた。


「うん。だいぶ良くなったな。そろそろ人前でやれるんじゃないか?」


「やれるのかもしれないですが誰が見に来るんです? 親ですか?」


 茉美が言いたいのは「ここまで何の露出もしていないからファンが一人もいないじゃないか」ということだろう。


「そうだな。まぁまずは路上ライブで知名度を稼いでいくしかないよなぁ……」


「ホームページもSNSのアカウントもないですし……というか、そもそもグループ名って決めてましたっけ?」


「あっ……」


 やる事が多すぎて忘れていた! 衣装やら諸々の発注、カフェとしての営業許可やメニューの準備、その他諸々を俺が担当していたのですっかり忘れていた。


「ま……まぁ黒子さんもいそがしかったからさ。今から決めようよ!」


 卯月はニッと笑って俺のフォローをしてくれた。


「パッと言われて出てくるもんかね」


 俺がそう思っていると、最年長の響がサッと手を挙げた。


「Etoile《えとわーる》ってどうかな? 理由は2つ。一つは、星のように一人ひとりが輝けるグループになるようにって願いだよ」


 世の中に反逆するメイド服グループなのに、やけにキラキラした名前だ。


「もう一つは?」


「全員、名前に干支が入ってる」


 響が小さい胸を張ってドヤ顔でそう言う。


「ダジャレじゃねぇか……というか響って案外ポエマーなところがあるよな」


「えっ!? そ、そうかな!?」


 響がやけに驚く。もしかして本当にポエム帳なんかを作っているんじゃないだろうか。


「まぁ良いんじゃないですか? 黒子さんもそんなに言うなら対案を出してくださいよ」


 茉美がもっともなことを言う。


「えー……反逆するメイドだろ? うーん……『メイドリベリオン』?」


 俺が案を出すや否や「……エトワールに一票」と世莉架が挙手をする。


「うん。私もエトワールがいいな」と卯月は苦笑いをしながら頷き、「同じく」と茉美も同調した。


「なんだろうな。全員から『ダサっ』って心の声が漏れてた気がするよ」


 俺の言葉を無視して全員が円陣を組み始める。


 四人が輪になると、卯月と茉美が離れて、同時に俺を手招きしてきた。


「黒子さんも入って入って!」


「えぇ……やんのかよ……」


 渋々ながら輪に入り、卯月と茉美と肩を組む。


「エトワール! やるぞー!」


「おー!」


 響の号令で全員の声が揃う。まぁこういうのも悪くないか、なんて思いながらグループとしての一体感が醸成されつつあるのをひしひしと感じるのだった。


 ◆


 練習が終わり、全員が帰った後に一人で残ってホームページやSNSの開設準備を始めた。


 宣材写真やアー写、個人のプロフィールなんかも用意しないといけない。まだまだやることは山積みだ。


 カフェとしてオープンするのはまだ先になりそうな店内でパソコンをカタカタと打っていると、帰ったはずの茉美が戻ってきた。


「おぉ、どうしたんだ?」


「忘れ物です。というかまだ残っていたんですね……もう日が暮れていますよ?」


「やることが沢山あるからな。ほら、見てくれ。全員のプロフィールのテンプレだよ。どうだ?」


 パソコンの画面を覗き込んでくる茉美に見せると、「面白くないですね」と一刀両断された。


「こんなもんじゃないか? ニックネームに血液型、趣味、特技、MBTI診断、一言コメント」


「こんなプロフィールでバズると思いますか? もっとこう……派手にぶちかましましょうよ! エトワール!」


「何回聞いてもブチかます名前じゃないんだよな……」


「それは激ダサな対案しか出せなかった黒子さんサイドと、ろくすっぽなアイディアが思いつかず発想力が貧困な私の責任です」


「そこまで自分を卑下しなくても……」


「ですが! 私は思いつきました。必ずバズる、最強のプロフィールを」


「何だよ?」


「乳首のカラーコードを入れましょう」


「乳首のカラーコード?」


 全く意味がわからない。


「乳首のカラーコードです」


「乳首のカラーコードってなんだよ?」


「ですから、乳首のカラーコードですよ」


「乳首の――」


「ですから! 私達の乳首の色を分析して、それを16進数で表記してプロフィールに載せようと言っているんです! いますか? 全世界に向けて乳首の色を公開しているアイドルが!」


 茉美が早口でまくしたてる。


「そりゃいないな!?」


「ちなみに私は『#F7D0C3』です」


 言われた通りにパソコンで打ち込んで色をググると肌色っぽいピンクが表示された。ただの数字の羅列。だが、それが服に隠された向こうの色を表していると思うと、ただの数字の羅列とは思えなくなってきた。


 思わず茉美の胸あたりをガン見してしまう。ゆったりとしたスウェット。その中で下着に隠された山の山頂。そこが『#F7D0C3』だと嫌でも意識してしまう。


「お前……天才か?」


「エロにおいてはそこらの女子高生と同じだと思わないでください」


 茉美は真顔のままサムズアップをする。


「ちなみに嫌がる人は非公開でも良いと思いますよ。それはそれで想像が掻き立てられます」


「むしろ公開したがるやつが他にいねぇよ……」


「まぁ、明日の練習の時に聞いてみますよ」


 茉美は自信たっぷりに微笑んでそう言ったのだった。


 ◆


 翌日の練習後、茉美が全員を集めて話を始めた。昨日話した乳首のカラーコードの件だ。


「――という訳で、可能な方は乳首の色を教えていただきたいんです」


「いやいや! むりだって!」


「流石にそれは……」


「茉美ちゃん……それはマズイよぉ……」


 当然のように三人は猛反対。それでも茉美はめげずに真顔のまま振り返って俺の方を向く。


「では三人は非公開にしましょう。私は載せていただいて構いませんので。あぁ、それと初路上ライブの様子は海外のポルノサイトにもアップロードしましょう。ネタになります」


 マジで一人だけ尖り方がおかしすぎる。


 あまりの猛獣っぷりに俺も頭を抱えてしまうのだった。

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