第31話

 本番まで三週間。全員に振り付けを入れるために5人の前で踊りを披露。


 俺が踊り終わると全員が口をあんぐりと開けて固まっていた。


「だ……大丈夫か?」


 何か変なところがあっただろうか。


 一応、ズボンのチャックを確認したが閉まっている。ケツに手を当ててみても穴が空いている感じではない。


「いえ……今更ですが、上手いなぁ、と」


 茉美が小さく手を挙げてそう言う。


「しみじみしてんな!?」


「……難しそう」


「ま、本家超えのための一要素だよ」


 実際、活動用の曲に比べてかなり気合をいれて振りを作った。それはここで『毎晩がマスカレイド』を倒すことが小場への復讐でもある、と思い込もうとする自分の器の小ささを認識させてくる。


「ただ女の子を集めてメイド服を着せてる無職の金欠ニートじゃなかったんだねぇ……」


 響が笑いながらそんな事を言った。


「酷い言いぐさだな!? いつの話だよ!?」


 数か月前まではそんな感じだったのであながち外れてはいないけど。


「まぁ……軽口はここまで。さっさと振り付け覚えるぞ。今日中には全員通しで踊れるようにするからな」


 俺が宣言すると、全員が「はーい」と元気に返事をして鏡の前に並んだ。


 ◆


 数時間で振り入れが完了。通して踊ってみたが、全員が納得がいかない様子で首を傾げた。理由は明確。全員、やろうとしていることがバラバラなのだ。


「うーん……なんか……違う?」


 卯月が切り出すと全員が同意するように頷いた。これには俺も同意見。5人が踊るとしっくり来ないのだ。


「黒子が踊ってる時はいい感じだったんだけどな。やっぱスキルの違いか?」


 虎子が原因がわからないように首を傾げる。


「他の皆はどうだ?」


「まるで答え分かっているのに敢えて教えないようにしている感じですね」


 茉美が俺の心を読んだようなことを言う。


「それが分かってるなら考えてみろよ」


「……バラバラ?」


 世莉架が自信なさげに答える。


「何がバラバラなんだ?」


「……コンセプト……かな?」


「正解。まぁあれだよ。曲の解釈が人によるのは良いんだけど、5人で一緒に演る以上、認識は合わせておいた方が良いよな。世莉架はこの曲はどんな感じだと思った?」


「……純愛?」


 卯月と虎子はヤンデレだと解釈していたし俺もその解釈。まぁ感性は人それぞれだ。


「私はキラキラした恋かなぁ」


 響の解釈もある意味では正しい。公式は重い歌詞ながらも明るく表現している。だからこそ本家との差別化要素としての表現が課題になる。


「これは……ダブル不倫ですね」


「そうなのか!?」


 相変わらず茉美の解釈はぶっ飛んでいる。


「ま、そろそろ答え合わせにするか。卯月と虎子と前に話したんだけどさ、ヤンデレって解釈があんのかなって」


 茉美、世莉架、響の三人が「なるほど」と頷く。


「ヤンデレ……なりきれと言われても難しいですね……あんな非合理的な感情に任せた行動を取るのはおおよそ人間とは呼べません」


「卯月、言われてるぞ」


 茉美の意見をそのまま卯月に受け流す。卯月のヤンデレ解像度の高さは随一。かなりの演技派だ。


「あはは……お恥ずかしい……」


「どういうこと?」


「卯月、めちゃくちゃヤンデレの演技がうまいんだよ。皆も習ってみてくれ。前向きにキラキラな恋をする高校生とヤンデレメンヘラ女子だと、歩き方も、目つきも、身体の動かし方も、何もかもが違うはず。それを全員が意識したら化けると思うんだ」


 俺のコメントに全員が頷く。


「じゃ、卯月先生、頼むな」


「はーい! えぇと……誰でも良いんだけど、黒子さんに抱き着いてみてくれる?」


 卯月の提案に、四人が遠慮しがちにお互いに手で指し始めた。


「さっと決めてくれるか!? こっちが恥ずかしいんだが!?」


「……分かった」


 世莉架がスッと前に出てくる。


 そのまま俺の前までやってくると、正面から腕を回してハグをしてきた。


「うおっ……」


 この至近距離で接したことがなかったので思わず声が漏れる。


「……悪くない……むしろ良い……んだよ」


 他の人に聞こえないくらいの声で世莉架が囁く。それは卯月の気持ちを作るために必要なのか? と疑問に思うが、背後から冷気が漂ってきたのでとりあえずは成功。


「ひいっ……」


 ヤンデレモードの卯月の目撃が二度目の虎子はまた顔を引き攣らせた。


 背後から卯月にガシッと肩を掴まれる。


「くーろーこーさーん。なーんで世莉架さんの時は嫌がらないのかなぁ? なぁんで? 私の時と反応違うよね? どうしてかな? 何が違うのかな? 教えてほしいな?」


 地の底から湧き上がってくるような卯月の低い声が店内に響く。


「あー……アハハ……」


「こっ、これがヤンデレ……」


「――っとまぁ! こんな感じ……かな?」


 一瞬でフレッシュさを取り戻した卯月が俺の後ろからピョンと飛び出して微笑む。


「演技力高すぎない!?」


「まぁ、これは特殊な例だけど、こんな感じでやってみたらどうかなって。気持ちの入れ方は――」


 俺の解説の途中で卯月がぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を挙げる。


「はいはい! 黒子さんが全員とこっそりイチャイチャしている設定がいいかなって思うよ! 想像しやすそうだし」


「それは黒子さんのことがすっ……好きという前提で成り立つのでは?」


 茉美の指摘に全員がピタッと固まる。


「え? え? いや、そこは固まるなよ。ガチっぽくなるだろ……」


「そっ、そうだよなぁ!?」と虎子が顔を赤くして叫ぶ。


「ま、全くです!」と茉美が足を踏み鳴らして頷く。


「……同感な……んだ」と世莉架が珍しく訛りを出しながら呟く。


「えへへ……」と卯月は俯いて笑うのみ。


「ほーんと。一緒にお風呂に入ったのなんて私くらいだよね?」


「「「え?」」」


 響の発言を受けて全員が響と俺を交互に見る。


 その瞬間の視線、全員が卯月と同じ質の目をしていた。


 俺は顔を引き攣らせながら「それだよ、それ」としか言えなくなってしまったのだった。

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