第42話

 二次審査結果発表の収録直前。これまでは相部屋だった楽屋がエトワール専用になっていた。


 明らかに扱いが変わったと感じるのは今日の結果発表を期待してもいいんだろう。


 エトワールとアヤのステージはバズりにバズり、アイドル好きではない人にまでサバイバルオーディションの情報が回っているらしい。


 メンバーの通っている高校もネットに出回っていて、扱いで言えば芸能人に近いものになりつつある。5人のプライバシーを俺一人で守り切るには限界があるのでそろそろスタッフの増員もしないといけないのかもしれない。


 そんな大反響のSNSを見ている中で気になるのはアヤのこと。


 エトワールと一緒にステージを披露したのだがアヤに言及する人は賛否が半々。


 オーディションで生き残るために無理矢理センターをもぎ取ったとか、センターを取るためにエトワールのメンバーを脅した、なんて嘘八百の誹謗中傷が流れている。


 本人と話せていないので分からないが、雑音を耳に入れずにいてくれることを願うばかりだ。


 楽屋で待機していると、ドアがノックされて衣装に着替えたアヤが入ってきた。昔、歌番組に出た時によく着ていた青いフリルのドレス。顔色の良さも相まって完全に全盛期の輝きを取り戻している。


「アヤさん!」


 卯月が真っ先に気づいて声を上げる。それと同時に5人がアヤの方へ寄っていった。


「やっほ、皆。緊張してる?」


「それなりに。アヤちゃんの方が緊張してそうじゃない?」


「ま、あたしはギリギリだからね。良い結果だと嬉しいな」


 響の質問にアヤは苦笑いをしながら答える。


「別にこれが終わってもまた会えますよ! 一緒にライブしたり、イベントをしたり。お店にも来てくださいね」


 卯月の無邪気な提案にアヤは「そうだね」とだけ答えた。


「黒子、ちょっと話したいんだけど……良い?」


 アヤは部屋の隅にいた俺に話しかけてくる。


「いいぞ」


 外に出るかどうかなんて聞かなくても分かる。5人は順番にアヤと抱擁を交わして俺達を楽屋から見送ってくれた。


 アヤと二人で廊下を歩く。2つ隣の部屋の扉に「アヤ様」と書かれた紙が貼られていた。


 アヤの楽屋は一人で使うには広すぎる場所。マネージャーは来ている気配すら無い。


「一人なのか?」


「うん。今日も別の子の現場に行ってるみたい」


「そうか……」


「ま、あたしは歴が長いから。それよりさ、黒子。あたしね……決めたんだ」


「何を?」


「今日の結果発表で落ちたら、引退する」


「はぁ!? いっ、引退!? そりゃいくらなんでも飛躍しすぎだろ!?」


「そんなことないよ。これ以上続けてもジリ貧だからね。今日で区切りをつけようかなって」


 アヤは自分が落ちた前提で物事を考えているらしい。


「まぁ……落ちるわけ無いだろ。あれだけのパフォーマンスをして、話題になったんだからさ」


「そうだといいけど……」


「大丈夫だよ。お前なら絶対に残る」


「嘘を付く時のクセ、出てるよ」


 アヤはニヤリと笑って俺の鼻をピン、と指で弾いてそう言うと楽屋から出ていってしまった。


 ◆


 ついに二次審査の結果発表となった収録現場。


「さぁ! それではいよいよ二次審査の結果発表となります! 二次審査の結果は3位から発表していきます。3位は――」


 司会は盛り上げようとしているが大きな番狂わせはなく、順当に人気順にグループが呼ばれていく。


「――では1位の発表です! 1位は……エトワール! 首位を死守しました!」


 エトワールの5人は表情を変えずに背筋を伸ばして同時に礼をした。


 表情が固いのはまだアヤが呼ばれていないからだろう。既に1位から3位までの椅子は埋まっていて、可能性があるとしたら4位。


「最後の一組はまだ呼ばれていない5組の中から選ばれます。アヤさん! お気持ちはいかがですか!?」


 毎度のお約束となりつつあるアヤのお気持ち確認。


「絶対に私が呼ばれると信じています」


 RPG風な属性をつけろと言われたら間違いなく光属性の前向きな笑顔でアヤが答える。


 司会が順番に候補の5組に話を振ってから「では結果発表です!」と叫んだ。


「残り5組の順位を一斉に発表します! どうぞ!」


 司会の合図からしばらく時間が空く。胃の痛くなるようなタメの時間を経て、5組の結果が同時に開いた。


 アヤの名前は8位のところに書かれていた。


「マジかよ……」


 エトワールの5人が自分が落ちたかのように顔を覆ってうずくまる。


 当のアヤは画面をじっと見つめ、やがて納得したように頷いたのだった。


 ◆


 収録が終わると、俺はエトワールの5人との会話もそこそこにアヤの楽屋へと向かった。ノックをすると直後に扉が開く。


 立っていたのは着替えを済ませ、帽子にサングラス、マスクとかなりの変装をしたアヤ。


「帰るのか?」


「もうやることないから」


 引退なんてさせるものかと思ってやってきたのだが、アヤは晴れ晴れした表情でそう言った。


「明日からも仕事があるだろ?」


「スケジュールはガラガラ。引退するって言った日から引退だよ」


「あれだけのステージをやったんだ。まだやれる。諦めるなって」


「無理だよ。あたし、皆に嫌われちゃったみたい。うまくたって嫌われたら……だめだよね」


 アヤの順位はボーナス票が込みでも8位。つまり、それだけ投票してくれる人が少なかったということ。


 彼女は叩いてもいい存在。嫌われていて当然の存在。そんな空気が彼女を推しづらくしている事は否めない。先日のステージだけを見れば十分な実績と能力があるアイドルの一人なのに。


「けど……分かりやすくていいよね。民意だよ、民意」


「そんなの……これから取り戻せば良いだろ! きっと前みたいに……前を超えられるよ」


「ま、ズルズルやっておばさんになってもね。そもそもこの番組で結果が出なかったら事務所はクビって言われてた。いいタイミングだよ」


 アヤの意思は固いようだ。


 俺はこれ以上励ましの言葉を投げかけるのを思い留まる。


「分かってくれるんだ。ありがと、黒子。好きだったよ」


 アヤはそう言って俺にハグをすると楽屋を後にした。


 ◆


 翌日の夕方のニュース。ヘッドラインはアヤの引退。いなくなって騒ぐならもっと前に見つけてやってくれ、と思わないでもない。


 投票してくれていたら、必要とされていると認識してもらえたら、そうしたら彼女はまだ諦めなかった。今も、どこか別の這い上がるための道を探していたはずだ。


 メイド喫茶のバックヤードでニュースを見ていると、5人が慌てた様子で入ってきた。


「黒子さん! アヤさんが――」


 真っ先に飛び込んできた卯月は目を赤くしている。


「なんで泣いてるんだよ。1位通過した翌日に。メジャーデビュー、ほぼ確定なんだぞ? 不安になってきたのか?」


 俺は冗談を言って和ませようとするが、最後には涙声になってくる。


「黒子も泣いてんじゃん。はい、ティッシュ」


 響からティッシュを受け取って涙を拭く。


「今日は流石にジョークを言えないですね」


「『拭く場所が違いますよ』くらい言えよな」


 珍しく茉美が落ち込んでいる。


「黒子ぉ! 今からでも引き止めたり……そうだ! エトワールに入ってもらおうぜ! デビューは6人で。どうだ?」


「あいつは基本的にグループ活動が嫌いなんだよ。だからずっとソロでやってたんだ。性格的に向いてないんだと。きっと練習期間も少しは無理してたはずだよ」


「けど……っ……」


 虎子は自分のアイディアが現実的ではないと分かっているようで、それ以上は何も言ってこない。


「落ち込むのは今日だけだぞ。明日からまた最終審査の――」


 俺が言い切る前に5人が一斉に抱きついてきた。5人にはこんな思いはさせない。だから離れないで欲しい。そんな本音を言えるわけもなく、強がって「暑いぞ」としか言えなくなってしまったのだった。

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