第41話
練習2日目。取材班が帰り、全員で大サビの盛り上がる部分の隊形を確認していると、センターで立っていた世莉架が俺の方へとやってきた。
「どうしたんだ?」
「……ツンツンツンツン、黒子っち……言いたいことがある」
世莉架は俺の肩をつんつんと突きながらそんな事を言い出した。
「黒子っち……? なんだ?」
「……違う。『ツンツンツンツン、世莉架っち。何だ?』だよ」
「あのなぁ……」
「……ツンツンツンツン」
どうやら世莉架ワールドに合わせないと話が進まないようだ。
「つっ……ツンツンツンツン世莉架っち。話ってなんだ?」
「……ツンツンツンツン、黒子っち。センターを変えたい……アヤに」
「はぁ!? お前、いいのか――あー……つ、ツンツンツンツン世莉架っち、いいのか?」
「……うん。構わない」
「おい。ツンツンツンツンをつけろよ」
「……真面目な話だよ?」
「先に始めたのは世莉架だよなぁ!?」
世莉架はにっと笑う。おふざけはここまで。どうやら意思は硬いようだ。
「今回の曲は蛇がモチーフだし、かなり大人っぽい曲だ。全員で話し合って世莉架が良いってなったろ? そりゃ替えてもまだ時間はあるけど……」
確かにアヤでも悪くはない。悪くはないのだが、俺はエトワールを優勝させたい。だから、一番目立つセンターはエトワールのメンバーを配置したい、という現実的な悩みもある。
「世莉架、あたしは別にいいから……」
アヤがそう言うも世莉架は首を横に振る。
「……ダメ。一回立ってみて?」
世莉架は無理矢理アヤをセンターに立たせると、自分はアヤのポジションである左端に移動する。
アヤを中心とした6人の並びは確かにバランスが良い。曲のイメージにも合うだろう。
「まぁ確かに良いけどさ……」
「……別にアヤのためじゃない。勝つための最善策……だよ」
悩んでいる俺の背中を押すように世莉架がそう言う。
他の皆も頷いているので、アヤがセンターにいるべき、と思っているんだろう。
「分かった。アヤ、出来るか?」
アヤは全員の顔を見てから頷く。
「任せて。絶対にしくじらないから」
その決意の目は懐かしさすら覚える。俺が担当していた時まで時間が巻き戻ったような感覚になりながら、6人の練習を続けた。
◆
二次審査のパフォーマンス本番当日。一次審査と同じ会場には前と同じように千人規模の観客が集まっていた。
四チームが順番にパフォーマンスを披露した後に観客は一番良いと思ったチームに投票する。1番投票されたチームの二組は三次審査に進むための視聴者投票のボーナス票を得る。
勝ち残るために必死なのはどこも同じ。誰も知らないオリジナル曲とはいえ、かなりのクオリティで仕上げてきたチームばかりだった。
3チームが披露し終わると、最後はエトワールとアヤのチームのパフォーマンス。真っ黒でピチッとしたボディスーツに身を包んだ6人がステージに並ぶ。
「さぁ! 最後はエトワールとアヤのチームです! センターはどなたが務めるんですか?」
司会の質問に端に立っていたアヤが手を挙げる。
「おっ……アヤさんですか!?」
「はい。今日は6人で完璧なステージをお届けします」
「いい意気込みですねぇ!」
司会の反応とは裏腹にステージ横から見える客席は冷ややかな反応。声援はエトワールの5人に送られているのがほとんど。プラカードもエトワール一色だ。同じチームとはいえやりづらいだろう。
不安になりながら客席の様子を見ていると、横でスタッフが話し始めた。
「エトワールが強すぎますねぇ……バランス調整のつもりでしたが、果たしてどうなるのか……」
「なぁに。いつものアヤならまたやらかすだろ。さすがにこのままエトワールの一人勝ちだと番組が盛り上がらないからな。精々足を引っ張って消えてもらわないとな」
俺がジッと二人を見る。さすがにエトワールのマネージャーだと気づいたようで気まずそうに別のところへ去っていった。
アヤも舐められたものだ、と思う。
ここまでの戦績からして仕方のない部分はあるのだろうけど、今日の彼女は一味違う。
そうこうしていると6人がパフォーマンスの準備に入った。
アヤを中心に5人が取り囲む。
カメラは順当にセンターで顔を伏せて立っているアヤにフォーカスをあてる。
客席からはブーイングのようなものまで聞こえ始めた。余程アヤのことが嫌いなアンチがいるらしい。
曲が始まる前にも関わらず過激なファンによって会場は荒れ始める。
そんな人達を一網打尽にするように、アヤが顔を上げて目を開いた。その目は蛇のような縦長の瞳孔になるカラーコンタクトによって不気味な雰囲気を醸し出している。
イントロからベースの重低音がリズミカルに響く。跳ねるようなリズムに振りを合わせるのはかなり難しい。
だが、アヤを始めとする6人はピッタリと音に合わて身体を動かす。正面から6人の見た姿はさながらとぐろを巻いた蛇。
最後にアヤが毒蛇が噛みつく時のように両腕を蛇の顔に見立てて大きく広げて、閉じる。
その瞬間、会場に毒液が注入されたように感じた。
ブーイングをしていた人がピタッと固まったのだ。
蛇に睨まれた蛙。その蛙たちに6人は次々と噛みつくように踊る。
アラビア風の曲に身を委ね、身をクネクネと揺らす踊り。激しさが増すに連れて客席が6人の世界に引きずり込まれていくのが分かった。
その世界の先頭にいるのがアヤ。自分が前に出れば5人をバックダンサーとして従えていると思うほどに躍動し、他の人が前に出る時はそこに一輪の花をそっと支えるように動く。
踊れば虎子の上をいき、歌えば卯月や世莉架とは一線を画すハスキーボイスを響かせる。
そこにいるのは落ちぶれかけたアイドルではなく、頂点を掴みかけたあの時のアヤだった。いや、その時よりも更に成長している。俺は練習で完璧に仕上げたはずなのに、アヤのパフォーマンスは俺の想定していた完璧を超えているのだから。
最初からこれが出来ていたら。いや、俺と離れたあともこのレベルを維持できていたらアヤは今頃スターの座を掴んでいたんだろう。
アヤ一人でも、エトワールの五人だけでも成り立たない世界。この六人だからこそ出来る表現で最後までノーミスでやり切った。
ブオン、と最後の音が建物中に響く。少しの間があってまばらな拍手が起こり、それが会場全体に広がっていった。
微妙だったから拍手が起こらなかったのか、いい意味で衝撃のあまり動けなかったのか。
恐らく後者なんだろうと俺は解釈する。6人も同じだったようで、遅れでやってきた拍手に動じることなく、それに値するとばかりに笑顔で客席に向かって頭を下げたのだった。
◆
「『伝説のステージだった』……そうだろそうだろ? おぉ!? エトワールとアヤの名前もトレンド入り! すげぇな!」
一次審査の打ち上げと同じ焼肉屋の同じ個室。俺はSNSでエゴサーチをして二次審査に来た観客の感想を確認していた。
「黒子さん、嬉しそうだね」
正面に座っている卯月がニコニコしながらそう言う。
「そりゃあな。なんたって現地の9割がエトワールに投票してくれたんだからな。他のグループだって悪くなかった。高いレベルで競ってずば抜けたってことだぞ」
四チームでの争いは当然のようにエトワールとアヤのチームが制した。圧倒的すぎて申し訳なくなるくらいの結果だった。
「立役者のアヤさんはいらっしゃらないんですね」
茉美が寂しそうに呟く。打ち上げにアヤも誘ったのだが連れない反応で断られてしまった。
「ま……あいつらしいよ。今日までは仲間。だけど次の結果発表には関係ない。敵同士だからな」
「けどもう何もなくない? 後は番組の放送を挟んで投票結果の日だからそれまで戦うこともないような……」
響の指摘はご尤も。
「そういうやつなんだよ。本来は」
「……分かってる風だ」
世莉架がニヤリと笑う。
「はぁーあ。で、結局さアヤって黒子の元カノなのか?」
虎子がらしからぬ質問をしてきてたじろぐ。
「そんなわけ無いだろ……どこの事務所にタレントに手を出すマネージャーがいるんだよ……」
「けどこの前二人で練習してる時にちゅーしてなかったぁ?」
卯月がニヤリと笑ってそう言う。
「なっ……み、見てたのか!?」
「……えっ!? ガチ!?」
しまった。卯月にしてやられてしまった。
全員の目つきが毒蛇のように鋭くなる。
「ふぅん……タレントに手を出すマネージャーなんていない……ねぇ……? すみませーん! 日本酒を1合! 冷で〜!」
響が酒を注文する。色んな意味で吐くもんか、と心に決めて肉を網に並べるのだった。
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