第37話

 一次審査の後、打ち上げのために焼き肉にやってきた。個室のため皆リラックスして肉に舌鼓をうっているかと思ったのだが――


「うおお!? トレンド入りしてる!?」


 俺の斜め前に座っている虎子が牛タンをひっくり返しながら、スマートフォンを見て声を上げる。


「本当ですね……エトワール箱推し箱推し……お、茉美タソの単推し発見です! いいねっ……と……」


 虎子の正面、俺の左隣に座っている茉美も焼き肉そっちのけでエゴサーチをしている様子。


 今日の結果を漏らすのはご法度らしいのだが、既にネットは観客による結果発表のお漏らしで溢れている。


 自分しか知らないことを投稿してバズりたい。見た人は人の感想を見て実際のパフォーマンスが気になる。そんな一般人の欲望を突くSNSマーケティングの戦略なんだろう。エトワールは高評価らしいので悪くは言えないが。


「ったく……飯の間くらいスマホを置けよな」


「本当だよねぇ。あ、黒子さんお肉焼けたよ」


 右隣から卯月が肉を俺の皿に載せてくれた。


「おお、ありがとな」


「あ! それ私が育ててたお肉なんだけど!」


 俺の正面にいる響が叫ぶ。


「……たーんとお食べ」


 世莉架が網に肉をテキパキと載せていく。


「しかし……お相手は相当に叩かれていますね」


 茉美が『毎晩がマスカレイド』の事を話題に出した。


「ま……仕方ない面もあるよな」


「ですが……さすがに必要以上に容姿を貶したり、ババァ呼ばわりするのはいかがなものかと……」


「そりゃそうだな。けど、止められないよ。一回叩いていい奴だって認識されたらハイエナみたいに寄ってくる。俺達だって気をつけないとな。いつ何時炎上するか分かんないんだぞ。くれぐれも気をつけろよ」


「はぁい」


 卯月がいの一番に返事をして、他の四人が続く。


「真っ先に返事をした卯月が一番炎上から遠そうだけどな……」


 その瞬間、ブワッとコンロから火の手が上がった。


「えっ……い、いまお肉置いてないよね……?」


 世莉架は置いていた肉を既に完食済み。網には肉が一枚も置かれていない。


「あっ、油だろ!? 不吉なこと言うなよ」


 二人でゴウゴウと燃え盛るコンロを見ていると、世莉架が静かな顔でトングと氷を使い消火してくれた。


「……予知?」


「そんなことあるわけ無いでしょ〜! コンロさん、コンロさん。エトワールは優勝出来ますか?」


 響が尋ねるとまたコンロからゴウっ! と火が上がる。


「すごっ……本当に何でも答えてくれるんじゃない? 虎子も聞いてみなよぉ!」


 響が隣にいる虎子の肩をペシペシと叩く。


「はぁ……ったく……」


 虎子は嫌嫌ながらもコンロに顔を近づけて「今日のパフォーマンスは何点だった?」と尋ねた。


 コンロはゴウっ! とこれまでで一番の勢いで火を吹く。


「百点だったか」


 虎子はニヤリと笑う。


「……黒子に彼女はいる?」


 世莉架が斜め上から質問を投げ込む。


 コンロは無反応。


「はいはーい! 黒子さんに好きな人はいますかー?」


 これまたコンロは無反応。


「……孤独死一直線だね」


 世莉架がコンロを見つめたまま呟く。


「余計なお世話だぞ!?」


「今日の茉美たその下着はピンクだ」


 響がコンロにそんな暴露を始めた。もはやコンロが答えられる範疇を超えているんじゃないか。


 だがコンロはボウッと火を燃やした。


「答えるなよ……」


 そうは言いつつもつい茉美の方を見てしまう。


 すると茉美はテーブルの陰に隠れてしゃがんでいた。


「何してるん……あぁ!?」


 よく見ると茉美の手はコンロの火力調整レバーに置かれている。


 つまり、ここまでのコンロによるお悩み相談室は全て茉美によるものだったということ。


 その事実に気づいた俺の素っ頓狂な声を聞いて響と虎子がゲラゲラと笑う。


「ほっ……本当にコンロと意思疎通が出来るわけ無いじゃんっ……はひっ……お、お腹痛い……」


 響が腹を抱えて笑う。


 大真面目にコンロと会話していたのは俺と卯月と世莉架。少しばかりの奇跡に喜んでいたのに現実は非情だ。


「黒子はこっち側だと思ってたんだけどな。意外と可愛いとこあんだな」


 虎子がクックッと笑う。


「こっち側って何のこと?」


 卯月が首を傾げると、世莉架もそれに続く。


「ふふっ……あ! 黒子! お肉焼けたよ! あ〜ん!」


 話題を変えようと、響が肉を持ち、前のめりになって俺の前に差し出してくる。反射的にその肉を食べてしまった。


 その瞬間、両脇にいる四人の目が急に変わる。


「ちょ! お肉焼かないと! 黒子さんに食べさせるボーナスタイムじゃん!」


「……急げ急げ」


「あえての野菜! マシマシです!」


 卯月、世莉架、茉美が一斉に網に肉や野菜を載せる。


 出遅れた虎子はトングを持って手持ち無沙汰な様子だ。


「なぁ、黒子」


 虎子が話しかけてくる。


「なんだ?」


「生……ダメか?」


「腹壊すよなぁ!?」


 虎子の無茶ぶりをいなすと、隣の茉美が「とっ、虎子さん!」と興奮した様子で声を上げた。


「なっ、なんだよ……」


「虎子さん……もう一度言ってくれませんか? できるなら照れた感じでお願いします」


「な、なま……ん? おまっ! キモっ! ほんとキモイ! 無理!」


 茉美は虎子の罵倒にめげずに「フヒヒ」と笑っている。


 卯月と世莉架は首を傾げているし、茉美のトラップに気づいた響はゲラゲラと笑っている。


「あ! 焼けた! 黒子さん! あーんだよ!」


「……焼けた」


「野菜も! どぞ!」


 焼き上がった肉と野菜が次々と目の前に差し出される。


 空いた網でせっせと虎子も肉を焼き始めた。


「はい! あ〜ん!」


 卯月が笑顔で俺の口に肉をねじ込む。


 更に隙間から世莉架、茉美、響が思い思いの食材を俺の口に入れようと試みている。


「ふぁっ……ふぁふへひへふへ……」


 労うための焼肉バーティは何故か俺が一番腹一杯になってしまったのだった。

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