第27話

 10組のアイドルグループが一同に介して収録開始。


 さすがにこの面子であれば、実績面でアヤは別格。他は複数人のグループだがアヤはソロということもあり、一人だけ王の風格を漂わせながら豪華な椅子に座っている。


「お山の大将だな……」


 とはいえ、アヤを遠巻きに眺めた感想はそれだけ。演出で強そうに見えてはいるがハリボテだ。すごそうに見えるのは他と比較しているからだけのこと。


 地下アイドル側のグループは貧相なパイプ椅子に座らされている。


「それでは、一次審査のルールを説明します」


 司会の人が話し始める。


「一次審査はグループ同士の対決となります。デビュー済みのグループ5組と地下アイドル側の5組でペアを作ります。そのペア同士、同じ曲のパフォーマンスで勝負をして、視聴者投票で良い評価を得た方が勝利。今はデビュー組が豪華なソファ、地下アイドル組がパイプ椅子になっていますが、勝者がソファに座ることになります」


 まずはデビュー組と地下アイドルが戦う構図になるらしい。


「今回脱落するのは、一次審査の結果パイプ椅子に座ることになったグループのうち、獲得票数が少なかった二組です」


 脱落するのは勝負に負け、かつ、投票されなかった不人気グループ二組。勝負は全て視聴者の投票によるもの。地下アイドル組は圧倒的に不利だ。


「アヤさん、自信はありますか?」


 司会がアヤに振る。


「当然です。一次審査は一位通過。宣言しておきます」


 アヤによる宣言により会場にどよめきが走る。


「ではその自信の拠り所を証明して頂きましょう! レッツ、ショータイム!」


 ダサい掛け声で司会が編集点を作ると、スタッフが「オーケーでーす!」と声を上げた。


 ここからはメンバー紹介も兼ねた各グループのパフォーマンス披露の時間。審査とは関係なく、単に実力を見せつけるために用意された場だ。


 最初に披露するのは『毎晩がマスカレイド』。デビュー組側で椅子に座っており、10人のメンバー全員が目から鼻までを覆うベネチアンマスクをつけている。


 そのため顔は分からないが、スタイルは良いので10人が並ぶと圧巻だ。


 披露するのはどのグループも自分達の持ち歌。当然、練度はそれなりに高く、安心して見ていられるパフォーマンスだ。


 歌は人によっては声が不安定だが修正することを加味すれば及第点だろう。


 良いものにはそれなりの評価を。パフォーマンスが終わり大きく肩を揺らす程に呼吸を乱している10人に拍手を送る。


「さて、アヤさん! どうでしたか!?」


 司会は執拗にアヤに話題を振る。扱いに差があるのは仕方ないが、折角ならエトワールのメンバーにも話を振って欲しいところだ。


「まぁ……良かったんじゃないですかね」


 アヤはいつもの塩対応。


 そこから数組がパフォーマンスを披露していくが、『毎晩がマスカレイド』を超えるパフォーマンスを見せるグループは出てこない。


 残ったのはエトワールとアヤの二組。


 アヤはトリだろうから、次はエトワールの番だ。


「アヤの前座か。ライブ経験も少ないみたいだし多分下手糞なんだろうな」


「ま、結局アヤを復活させるための番組だしな。そんなもんだろ。あの背が高い子のルックスと尖ったパフォーマンスで目立ってるだけだよな。色物枠だよ、色物」


 俺の近くで他のグループのスタッフらしき人達が話をしている。舐められたもんだと思いながら、


 執事服で背筋を伸ばした虎子が先導して位置につく。全員が俺の方を見た気がした。ライブで目があった、なんてファンが言うけれどそれに近い感覚かもしれない。


 ただその現象と異なっていたのは、俺が頷くとそれに呼応したように全員が頷いたこと。


 まるで同じ世界に立っている錯覚に陥るが、音楽が鳴り始めると俺は彼女達の世界から弾き出される。


 虎子が使用人達を引き連れているかのように一糸乱れない動きを先導する。


 虎子がストリングスの音に合わせて左手を指揮者のように上げると地面に倒れていた卯月と響がマリオネットのように立ち上がり、卯月が可愛らしい声で歌う。


 虎子が右手を上げると床に座り込んでいた茉美と世莉架が飛び跳ねるように立ち上がった。世莉架も持ち前の美声を響かせる。


 全員が違う動きをしていてそれらが密に絡み合っている。誰か一人がミスをして浮けば台無し。そんな緊張感の中で全員がパフォーマンスをやり遂げた。


「なっ、何だよこれ……」


「おい……やべぇぞ……コイツラとは当たるなよ……これは勝てねぇぞ……」


 さっきまで軽口を叩いていた人達が手のひらを返して口を開けて驚いている。


 パフォーマンスを終えた全員とまた目が合う。手で◯を作ってみせると全員が嬉しそうにはにかんだ。


 ここにいる人全員にこの5人のことを自慢したい気持ちを抑えながら、遅れて発生した拍手に紛れて掌が痛くなるくらいに手を叩く。


「い……いやぁ……すごいパフォーマンスでしたね……アヤさん、最後ですがどうですか?」


「なんとも。よく練習したんだな、としか」


「強気ですねぇ」


 本人の性格を超えた強気な発言。恐らくこういう立ち回りを求められているんだろう。


 エトワールの5人が捌けた場所にアヤが一人で立つ。


 ソロでずっとやっていたから慣れてはいるんだろうけど、そのプレッシャーは相当なものだろう。


 流れてきた曲のイントロは俺が担当していた時のもの。やや古めだが、慣れた曲で実力を見せつけるということらしい。


 だが、全員が膨らませていた期待は一気に萎んだ。


 一音目を外し、振りも一拍遅れてしまったのだ。


 そこから修正を試みるも何かがずっと噛み合わないままサビを迎える。サビ前で一度止めることでリズムを取り戻したが、方方でアヤのパフォーマンスを見守っていた大人達が頭を抱えているのが見えた。


 この番組は現役のアイドルが有利な仕組み。要するにここで勝ち残ることで箔をつける事を狙っているのだ。その最たる候補がアヤ。転落している中で掴んだ木の枝。そのしなりを使って再度跳躍する。


 そんなシナリオを多くの関係者が描いていたはず。


 それは同時にアヤも試されていたということ。滑り落ちる中で木の枝を掴めるのか。掴んだとして、跳躍するに足る力があるのか。


 現実は非情でアヤはそれを掴めなかった。


 最後までやりきったアヤは顔を歪め、俯き、足早に自分の椅子へと戻っていった。


「エトワールのマネージャーをされている黒子さんですか?」


 不意に背後から話しかけられる。


「あ……はい」


「私、番組のディレクターを担当しております――」


 次に木を掴めるのは誰なのか。ビジネスの観点で篩いにかけられた10組。次の候補はどうやらエトワールが選ばれたようだ。

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