第28話
「はぁ!? 転生!? ズルだろそんなの!?」
初回収録日の翌日、作戦会議のために店に集まったのだが、茉美がキャッチしたとある噂を聞いた虎子が怒りを露わにしてテーブルを叩いて立ち上がった。
「まぁ落ち着けって」
荒れ狂う虎子の隣に行き頭に手を置くと、猫のようにおとなしくなり椅子に座った。
「おぉ、さすがの猛獣使い」
響がワイングラスを手にケラケラと笑いながらそう言う。収録明けなので今日は店も休みで練習もないため、響は昼間から飲んだくれている有様だ。
「あー……で、何だっけ? 『マラカスエイト』が『おでこにキス』なの?」
卯月の絶妙な言い間違えに全員が笑う。
「違います。『毎晩がマスカレイド』ですよ」
本来ならボケに回るはずの茉美が回し役をしないといけないくらいのカオス空間。やはり、響が酒を飲むとまとめ役がいなくなるので大変だ。
昨日の収録では、全組のパフォーマンスが終了した後にデビュー組と地下アイドル組での対戦表の抽選が行われた。
エトワールの相手は小場が率いる『毎晩がマスカレイド』。仮面で顔を隠した10人組のアイドルグループに決まった。
新人としてデビューしたとは思えない程のスキルと、仮面をつけたアイドルグループという事でスキルの高さと物珍しさから人気だった実力派グループだが、この数年は失速気味。晴れて『落ちて』きて番組に参加と相成ったらしい。
「で、そのマスカレイドの前身が『デコルテキッス』なのか?」
聞きなじみのないアイドルグループだが、唯一知っている曲があった。かれこれ10年も前に流行った曲だが、それを歌っていたのが『デコルテキッス』というアイドルグループだった。
「私知ってる~。いい曲だよねぇ。懐かしいなぁ。高校受験の時によく聞いてたなぁ」
「あー、あったな」
「あ……あれ? 他の皆は?」
響の昔話に共感しているのは俺だけ。他の4人は首を傾げている。
「あのな響……俺達が中高生の時、こいつらはまだ幼稚園か小学生だからな……」
「うぇっ!?」
響はジェネレーションギャップから目を丸くする。
「懐かしいよなぁ? 『お姉さん』?」
猛獣といじられた事を根に持っているのか、虎子が瞼の横をぴくぴくさせながら響に言い返す。
「ま……まぁ、世代間のギャップは後で埋めるとして。『デコルテキッス』はいわゆる一発屋。その後も何曲か出したものの二発目を打ち上げられる事は無く、ひっそりと活動を休止しています。そして、活動休止と時を同じくしてデビューしたのが『毎晩がマスカレイド』。公式には認めていませんがファンの間では両者が同じメンバーということは暗黙の常識となっているようです」
「なるほどなぁ……」
「そして、私達と『毎晩がマスカレイド』が対決する課題曲も『デコルテキッス』の唯一のヒット曲。言ってしまえば、『毎晩がマスカレイド』にとっては慣れ親しんだ持ち歌なんです。一次審査は公平にするためどちらの持ち歌でもない曲が選ばれているという建前です。実際に私たち以外のところはそうでした。本来であればそんな噂がある時点で『デコルテキッス』の曲は避けるはず。故に、これは明らかに仕組まれています」
前身のアイドルグループと噂されている人たちの曲がたまたま課題曲に選ばれた。そんな偶然があるとは思えない。
「『毎晩がマスカレイド』が有利になるために裏で何かがあった……まぁ、そうだよな」
小場が何か仕組んでいるんだろう。彼女はそういう『寝技』を使う人なのだから。
俺が茉美の推理に頷くと、虎子がまたヒートアップし始めた。
「それだけじゃねぇよ! そもそも名義を変えてやってんのもズルだろ!? そんなことしていいのかよ!? 前からのファンはどうすんだよ!? そんな曖昧に濁して、サヨナラして許されんのか!?」
虎子は『デコルテキッス』がすぐに名前を変えて新人としてデビューして話題を作った事に憤りを覚えているようだ。案外ピュアなところがあるみたいだ、と微笑ましい気分になってくる。
「まぁ、それでも応援している人がいるってことはそういう事だよ。勝てば官軍、売れた奴が正義。そういう世界だからな」
「だからって……なんでわざわざ元々のファンを裏切ってまで……」
「皆好きなんだよ。天才が」
「天才?」
「新人がいきなり表舞台に現れる。若手とは思えない確かな実力。強くてニューゲーム。埋もれていた天才。突如現れた新星。そういうの、大好物だろ。成長過程なんて知ったこっちゃない。苦労してるやつは見下して、売る側も買う側も最初っから完成品を求める奴らばかりなんだからさ。んな天才いる訳……まぁ、いるか」
目の前にいたわ。初めての路上ライブで交通規制を起こし、カフェをオープンすれば初日から満員御礼の化け物グループがここにいるんだった。
「天才を求める……まぁ気持ちは分からないでもないですが……」
「ちなみにお前らもそっち側だからな……初めての路上ライブで交通規制まで起こしてんだからさ。けど、ライブハウスの前で通りすがりの人に頭を下げてチケットを買ってもらって、それでも途中までしか見てもらえずに帰られる。そういう経験をしてる人もいるってことは忘れんなよ」
アヤと二人三脚、チケットを手売りしていたことをふと思い出す。彼女は間違いなく努力でのし上がったタイプではある。だからこそ今の失速の理由が俺でも完璧に説明が出来ないところではあるが。
「それに、本当にデコルテキッスのメンバーと同じなんだとしたら、メンバーは最低でも30歳から。上はアラフォーって言われる年なんだよな。そんなメンバーが顔出しして活動したとして、人気が出るかって言われたら怪しいだろ。というかあれで全員30オーバーだとしたらそれはそれですげぇ事だろ。あれだけ歌って踊って、ってさ。全員めちゃくちゃ脚が綺麗だったぞ! 見たか!?」
褒めるべきところを褒めたら何故か全員から白い目が向けられた。
「……え? いや、え? 凄いよな? 30超えて肌質も歌声もキープしてるんだぞ? なぁ、響」
「私に振らないでくれる!? まだ20代だからね!?」
年齢いじりとは思えないくらいの勢いで響にキレられてしまった。
「ふぅん……黒子さん、脚フェチなのかぁ……」
卯月がジト目で呟く。同時に全員が自分の脚をチェックし始めた。
「そんな目で見てないからな……」
「……さすがに30歳には負けない……んだよ」
世莉架が頬を膨らませると、脚を伸ばして俺の腿の上に置いてきた。
「置くなって」
「……触って確かめる?」
「触っても警察は呼ばないよな?」
世莉架は頬を赤く染めると、「……呼ばない」と言って首を横に振る。
「黒子さんまで悪ノリする方に行かないでください。今日は響さんが使い物にならないので大変なんです」
茉美が真面目な顔でやってきて、世莉架の足を降ろさせた。
「転生して顔を隠して別のアイドルグループに成り代わった事と、今回の課題曲で自分達の持ち曲をやれるように仕組んだことはまた別の話です。今は後者の対策に集中すべきかと」
「あぁ。茉美の言う通りだな」
「けど……どうするの? 本家に勝つなんて……次の収録、一か月後だよね?」
昨日収録したものが放送される頃に次のパフォーマンスの収録が入っている。大体1か月後だ。
「ま、本家を超えるしかないな。振り付けも、歌も、マネをしていたら一生越えられない。振り付けは次の練習までに俺が作って来る。本家、超えようぜ」
全員が不安だったのだろう。明らかに公平ではない仕組まれた戦い。演出と言ってしまえばそれまでだし、営利企業がやっている事なのだから完璧な公平さを求めるのもお門違い。
それでもどうにかなる。そう言い聞かせると、全員が頷いてやる気の炎を燃やし始めたのだった。
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