第29話
酔っ払った響を家まで送り届けて帰宅。さすがに疲れが溜まってきているので今日はゆっくりしてリフレッシュ。明日には振り付けを作り切ろうと決めてベッドにダイブする。
そのまま気持ちよく寝落ちできるかと思うくらいに意識がボーッとしてきた矢先、マンションのエントランスからの呼び出し音がインターホンから鳴り響いた。
「ったく……誰だよ……」
宅配なら宅配ボックスに入れてくれればいいのに、と思いながらモニターを確認する。
そこに映っていたのは虎子だった。
「どうした?」
「あー……その……折角のオフだし話したいなって」
「なら店に戻るか?」
「ど、どこか行かねぇか!? カフェとか!」
「あのなぁ……仮にもアイドルをやろうってやつが男と二人で歩き回ってるのを見られたら困るだろ?」
「なら、家で話そうぜ」
「より悪いぞ!?」
「いっ、いいから開けろよ!」
あまりの大きさに音割れした虎子の声が聞こえる。これじゃアイドルの自宅訪問じゃなくてヤクザの取り立てだ。
「はぁ……分かったよ。スッキリしたら帰れよ」
「うん。分かった」
扉を遠隔操作で開けるとプツン、とモニターが切れる。
しかし虎子が二人で話したがるなんて珍しいな。
軽く片付けをしていると玄関チャイムが鳴り、虎子がやってきた。
ドアを開けると恥ずかしそうに俯いた虎子が立っていた。
「いらっしゃい」
「お、おう! はっ……入るぞ!?」
「なんでそんな緊張してんだよ……」
「しっ、してねぇよ!」
そうは言うが顔は真っ赤。うちは暇つぶしのたまり場じゃないんだけどな、なんて思いながら先導してリビングへ向かう。
虎子はちょこんと正座して部屋の端に座った。部屋の真ん中にあるローテーブルの近くに座った俺をじーっと猫のように観察してくる。
「そんなかしこまらなくていいからな!?」
「おっ……おう……じゃ、そっち行くわ」
虎子が俺の正面に移動してくる。
「で、どうしたんだ?」
「そのー……さ。次になる曲ってテーマが恋愛だろ? ちゃんと恋もしたことがないのに出来るか不安でさ。ちゃんと踊りや歌に落とし込めるのかなって……」
今日はオフにしたのに真面目だなぁ、なんてしみじみと思う。
「ま、そうかもな」
「だろ!? だから……体験させてくれ!」
「……はぁ!?」
「恋! わっかんねぇから体験させてくれ!」
「想像しろよ! じゃあ何か!? エトワールの持ち歌にヴァンパイアをモチーフにした曲があるけど血を吸ったことあんのか!?」
「それとこれは別だろ!? 良いから教えろよ!」
虎子が前のめりになって俺に掴みかかってくる。
「な、何をしたら良いんだよ……」
「歌詞にあるだろ? 『手を繋いだらそのまま溶けちゃいそう』とか、『死んでも離さない』とか、『抱き合って指を絡ませて』とか。そういうなんか、やってみないと心情とか分かんないだろ?」
「えぇ……繋ぐのかよ……」
百歩譲って手は繋ぐとしても、抱き合って指を絡ませるのはさすがに無理だ。
どう断ったものかと思ったところでまたインターホンが鳴った。
不思議なことに誰も映っていない。
「はい」と返事をすると、カメラの外から卯月がフレームインしてきた。
「やっほ! 来ちゃった! 学年末テストのご褒美まだなんだけど〜。早くお出かけしようよ〜」
「はぁ!? うづっ――むぐっ……んんー!」
虎子が大声を上げそうになったので慌てて口をふさぐ。
いや、テンパってしまったが口を塞ぐ必要はなかったのだった。別に卯月と虎子がここで鉢合わせようと何の問題もないのだから。
「……え? 今の声、誰かな?」
インターホン越しに卯月の低い声が聞こえる。カメラに映っている卯月は俯いていて表情は見えないが、明らかに負のオーラをまとっている。
そこで直感する。これは鉢合わせたらダメなやつだ、と。
「あー……あはは……」
その時、卯月の背後を配達員が通過。どこかの部屋への配達を終えたらしく、中から出てきたところだった。
「あ、開いた。今から行くから待っててね」
卯月は光のない目つきのまま、ゾンビのように歩き始め、画面から消えていったのだった。
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