第25話

 卯月に押し切られる形で部屋へ通すことに。


「お邪魔しま〜す」


 卯月は丁寧に靴を揃えてから立ち上がりそう言った。


「じゃ、5分な」


 スマホでタイマーを立ち上げる。


「厳密すぎない!? 急がなきゃ!」


 卯月が駆け足で単身者向け1Kマンションの廊下兼キッチンを駆け抜け、リビングへ向かう。


 何故か家主の俺が卯月に手招きされながらリビングへ。


 すると、手に持っていた紙袋から白い包み紙で包まれた箱を渡してきた。大きすぎず小さすぎない、手のひらサイズだ。


「はい、これ。チョコレート」


「おう……ありがとな」


「むぅ……一番に渡すべきだったか……5人目だと感動が薄れてるなぁ……」


 卯月がジト目で見てくる。


「そっ、そんな事無いぞ! あぁ〜嬉しいなぁ! 早速開けちゃおうかなぁ〜!」


「開けるのは帰ってからでいいよ。5分しかないからね」


 そう言って卯月がカバンから何かを取り出した。5枚のコピー用紙をトランプの持ち札のように広げて見せてくる。


「なんだそれ?」


「テストの解答用紙のコピーだよ。先生に急いで採点してもらったんだ」


「お前なぁ……」


 今日終わったばかりだというのに。早めに受けたテストをさっさと採点してくれと職員室に駆け込む卯月が想像出来る。


「でね! 五教科分あってさぁ……全部90点以上なの!」


 満面の笑みの卯月の前に並んでいる答案用紙には確かに80点台以下の数値は書かれていない。


「お前……マジかよ……すごすぎないか!?」


「えへへ……しかもしかもだよ。今回のテストは10教科あってぇ……まだ半分でこれなわけ! いやぁ……目標は大幅クリア!」


「なるほどな。最悪10教科で目標クリアもあり得ると」


「最高の間違いじゃない!?」


「いやまぁ……テストで良い点を取ってくれたのは嬉しいけどさ……何をすることになるのか分かんないからな……」


 まず間違いなく二人で出かけることになる。10教科だと何をさせられるのかヒヤヒヤしてくるのであながち最高とは言い切れないところだ。耳をつけて全力ディ◯ニーなんて高校生とやるような歳じゃない訳で。


「ふっふーん。ご褒美が悩ましいよぉ」


 卯月はその場でクルンと一回転をしてニパッと笑いかけてくる。目が細くなり、目尻が下がる。相変わらず笑顔だけで人の心をどうにかしてしまいそうだと感心すらしてしまう。


 俺は照れを誤魔化すためにスマートフォンのタイマーに目をやった。


「あと2分な」


「はやっ!? うー……そうだよねぇ……」


 卯月は何やら言いたいことがあるように俯いた。


「延長するか?」


「ううん! スパッと決める! すぱっ……すぱっ……うぅ〜……」


 両手で顔を覆い、ブンブンと左右に頭を振り始めた。


「何だよ……」


 そこからも卯月は一人で「あー」とか「うー」とか言って一向に動こうとしない。


「あと30秒な。延長するか?」


「うー……かっ、帰る!」


「何しに来たんだよ……」


 本人が帰るというなら仕方ない。俺は卯月を玄関に誘導して、トントンとつま先を床に打ち付けてローファーを履く姿を見届ける。


「じゃ、チョコレートありがとうな。また明日からも頼むわ。ライブやサバイバルオーディションもあるから忙しくなるぞ」


「うん! それとね……ちょっとちょっと」


 卯月に手招きをしてくる。近寄り、耳を貸すために中腰になると、卯月は俺の目の前まで回り込んできた。


 視界が全て卯月の顔面で埋め尽くされたと分かった瞬間には唇に柔らかい感触があった。


 いきなりのことに驚いて固まっていると、卯月の顔が離れていき耳元から声が聞こえた。


「初恋、まだ終わってなかったみたい」


 卯月はそれだけ言って部屋から出ていく。バタン、と扉が閉まったのと同時に5分のタイマーがピピピと鳴った。


「やっぱ部屋に上げるんじゃなかったな」


 とんでもない爪痕を残された俺は誰もいなくなった玄関でしばらく立ち尽くすのだった。


 ◆


 一人の部屋に大量の甘い香りを漂わせる5つのプレゼント。


 開けるには勇気がいるのでしばらくそれらと見つめ合っていたが勇気が出てきたのでいざ開封。


 まずは茉美からのものだ。包み紙を破るとムワッとしたチョコレートの甘い香りもさることながら、それよりも目についたものがあった。


 中には綺麗な歯並びをした東南アジアの人らしきおじさんの写真が入っていたのだ。


「なっ……なんだよこれ……」


『カカオ農家の方です。思い浮かべながら食べてください。ฉันรักคุณ』


 茉美の手書きと思しきメッセージ。最後に至ってはどこの国かも分からない言語だ。


「……タイ語か?」


 どうせ翻訳しても碌な事が書かれていないんだろうからこれは無視。


 違法な労働はしていないであろうおっさんに見守られながら次へ移る。


 次は虎子からのプレゼント。どこかのデパ地下で買ってきてくれたのであろう高そうな包み紙にメッセージカードが挟まれていた。


 ハート柄の台紙に『I ♡ You』と書かれた可愛らしいメッセージカードだが開けると中には何も書かれていない。多分これは店員の人が気を利かせて入れたものを抜き忘れただけなんだろう。きっとそうに違いないな。


 次は世莉架の大きな箱。これまた、包み紙にメッセージカードが貼り付けられていた。 


 何が書かれているか一番読めないのでドキドキしながら開封する。


『お店で伝えた通り……だよ』


「……ん? あいつなにか言ってたか?」


 首を傾げて店での言動を思い返すも何も心当たりがない。言い忘れたんだろうか。世莉架らしいと言えばらしい。まぁまた今度聞けばいいか。


 最後は響のワイン。これも箱の中にメッセージカードと思しき紙が入っていた。ただ、明らかに他の人よりもペラペラな素材だし、大きい。


 取り出して広げると公的な資料らしくびっしりとマス目と但し書きが書かれていた。左上には『婚姻届』と書かれている。何なら響の名前が書かれていて押印済み。証人の欄には響の両親と思しき名前が書かれていた。


「馬鹿なのかこいつ!?」


 今頃一人で家に帰って俺がこれを見ている様を想像しながらゲラゲラと笑っているんだろう。


 プロポーズされたなんて微塵も思いはしないしドキドキもない。だが破り捨てるのも違う気がして、俺は響の名前入りの婚姻届を丁重に折りたたみ、本立ての端にしまったのだった。

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