第21話

 虎子を迎え、5人体制で迎えることになったコンカフェのオープン初日。店名はグループ名と同じ『Etoile《エトワール》』。


 オープンは1時間後だと言うのに、店の前は長蛇の列。俺は慌てて列を整えるために店を飛び出した。


 歩道に寄せて人を並べながら列の最後を目指すが、どこまで行っても人が並んでいるのだ。


 オープン初日とはいえ、見込んでいたのは数十人程度。SNSの反響を考えてもそんなものだろうと踏んでいた。だが、実際には数百人の人が足を運んでくれている。


 嬉しい悲鳴とはこういうことか、と思いながら、スタッフを一人最後列に残して店に戻る。


 店内ではホールスタッフとして働く5人がせっせと準備を進めていた。


「皆、店が終わった後の練習は中止だ」


 俺がそう宣言すると苦々しい顔をしたのは茉美だけだった。どうやらこれで意図が伝わったらしい。


「え? なにか予定できたの?」


 卯月が不安そうに尋ねてくる。


「そうじゃないんだよ……客が来すぎてて、多分カフェ営業で疲れ果てる気がしてんだわ……ざっと数えて300人。一組一時間に時間制限はしてるけどこのキャパだと……閉店までぶっ続けで満席が確定だわ」


「がっ……頑張る!」


 卯月は両手を握りしめ、前向きな覚悟を口にする。


「おう。頑張ろうな」


「頑張るから……頭撫でて!」


 つむじが見えるくらいに勢いよく卯月が頭を突き出してきた。


「あー……終わったらな」


 二人ならまだしもみんなの前でやるのはさすがに気が引ける。


 適当にいなしていると、不意に右手が持ち上げられた。


 驚いて右を向くと、世莉架が俺の手を掴み自分の頭に載せていた。


「……先払い」


 やられた。


 卯月が「ずるーい!」と言いながら俺の左手を掴み自分の頭に持っていく。


 それを見て響と茉美がニヤリと笑った。


「私達も撫でてよ〜」


「エェ。ソウデスネ。ナデラレタイデス」


 二人して棒読み。この二人の狙いは別だ。


 されるがままに両手を持ち上げられ、響と茉美の頭に形式的に手を置く。


 その体制のまま響と茉美が振り向いて視線を投げかけたのは執事服を着た虎子だ。


「虎子ちゃ〜ん。み〜んな撫でてもらったけど虎子ちゃんはいいのかなぁ〜?」


「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン、だと思いますよ! 虎子さん!」


 そう。この二人の狙いは同調圧力で頭を撫でられるなんてキャラではない虎子を照れさせて辱めることだ。


 その狙いは的中し、虎子は小刻みに首を横に振りながら後退る。


「い、いらねぇよ! そんなことまでみんなで合わせなくていいだろ!?」


「ふっふーん。いいのかなぁ? 今だけだと思うけどなぁ。こんな鬼コーチが優し〜くナデナデしてくれる機会はないと思うけどなぁ――あだっ!」


 悪ノリがすぎる響の頭を軽く叩く。


「誰が鬼コーチだよ。優しく教えてるだろ?」


「あ……あはは……さーて! 開店準備だよ! 皆!」


 響がパンパンと手を叩く。これでやっとおふざけモードが終わり開店準備に入るのだった。


 ◆


 コンセプトカフェ『エトワール』がオープンして一時間。たった一時間のはずなのにメンバーの5人は慣れた様子で満席の店内を動き回っていた。


「卯月ー! お飲み物ー! 茉美! 塩対応は程々にね! 世莉架! チェキカメラを独占しないで〜! 虎子! 敬語だよ! 執事なんだから〜!」


 司令塔の響は常に両手で何かを持ち、足を止めることなく店内を動き回る。さすがに人気店の娘は経験値が違うようだ。


 ここまで人気が出るのも想定外だったが、響にここまで頼ることになるのも想定外。後でまた褒めたら機嫌が良くなるだろう。


 そんなことを考えながら臨時スタッフと裏のキッチンでドリンクを次々と用意していく。


 そんな中、急に世莉架がキッチンの方へと入ってきた。


「……黒子、お客」


「俺にか?」


 世莉架はコクリと頷いてホールへ戻る。


「このクソ忙しい時に誰だよ……」


 俺は慌ててキッチンから出る。誰が来客なのかはすぐに分かった。


 ピンク色のシャツに淡い黄色のカーディガンをプロデューサー巻にし、白いぴっちりとしたズボンを履いているおっさんが店の入口に立っていたからだ。


 明らかに客層とは異なるその風貌はいかにも『怪しい業界人』だ。


 警戒しながら近づく。


「あのー……どちら様でしょうか?」


 その男は俺を一瞥してフンッと鼻で笑った。


「オーナーを出してと言ったのですが……バイトではあひませんよ」


「あ……申し遅れました。オーナー兼店長をしております黒子です。一応、アイドルグループ『エトワール』のマネージャー……というか一人で運営を担当しています」


 大量の肩書が書かれた新しい名刺を手渡す。その男は「失礼」と心にも思ってないように詫びて名刺を渡してきた。


 名刺には『ジャパンテレビ制作局長 出井でいたく』と書かれていた。民放最大手の番組制作のトップ。


「ジャパンテレビ……えっ……な、何の用ですか!?」


「人気のないところで話をしても?」


 本来なら「無理」と答えるところ。この店の忙しさで一人でも欠けるなんてあってはならないことだ。


 それに、偉い人だから、というだけの理由で態度を変えたくはない。


 だが、エトワールの、皆の成功のためにはこの人の言う事は聞かないといけない。今はまだそこまでの力はないのだから。


「わ、分かりました。上の階が空きオフィスなのでそこで」


 同じビルの別フロアはレンタルオフィスになっていて、会議室もあったはず。


 出井さんと、外で待機していたスタッフらしき人数名を連れて階段を登り、会議室へ向かう。


 小さな会議室で向かい合うように座る。こちらは一人、相手は3人だ。


 出井さんが若そうなスタッフに指示をして資料を渡してきた。


「お忙しいでしょうから要点だけお伝えします」


「あ、ありがとうございます」


「実は今、大手のレコード会社と組んでアイドルのサバイバルオーディション番組の制作を検討しているんです」


「サバイバルオーディション番組……ですか……」


 大量の候補生が番組の進行につれて絞られていき、最後まで残った一握りがアイドルグループとしてデビューする形式だ。つまり、これは引き抜き。


 誰を狙っているのか皆目検討はつかないが、誰一人として抜けてほしくはない。


「あぁ、そんなに警戒しないでください。何もここから引き抜こうなんて考えてませんから。グループ単位で参加してもらうんですよ。落ちるのも上がるのも、グループ単位です」


「なるほど……地下アイドルのグループを集めて、そこで競わせるんですか」


「半分は正解です。番組名は仮ですが『Up or Out』。上に上がるか、去るか、です。そして『上』から落ちてくる人もいる」


「……どういうことですか?」


「早い話がかつて人気だったアイドルも参加するんですよ。新旧のアイドルが入り乱れる戦国時代。そこで生き残ったアイドルとレコード会社が契約をして、うちでもそのグループ向けの番組を制作する、という構想です」


「なるほど……」


「そろそろ審査のエントリーサイトをオープンしようかと思っていましてね」


「……その宣伝にいらっしゃったんですか?」


 狙いは他にあるんだろう。出井さんは目を細めて「もう一つあります」と言った。


「エトワールの初ライブの動画を見ました。結成して数ヶ月、しかもメンバーは皆新人。それであの仕上がりであれば必ず化けると踏んでいます。もし参加されるなら審査は形式だけにしますので」


「なっ……」


 枠がどれくらいあるのかは知らないが、倍率はかなりのものだろう。それをスルーできるというのだから破格の待遇だ。


「あ……ありがとうございます。メンバーとも話し合ってお返事をさせてください」


 即決はできない。出井さんも「結構」と言って頷いた。


「では、お忙しいでしょうから私はこれで。良い返事を待っていますよ」


 俺は無言で会釈を返す。


 会議室を出ると、外に向かうまでの道中で出井さんが雑談を振ってきた。


「それにしても、代表をするには随分とお若いですね。以前は何を?」


「Axamという事務所でマネージャーをしていました。アヤの担当です」


 出井さんは特に驚きもせずに「辞めたのは?」と尋ねてきた。


「もう半年前……くらいですかね」


「なるほどなるほど……」


 階段を降りきると、店の前で立ち止まり出井さん達を見送る。


 去り際に出井さんが振り返った。


「そういえば『彼女』にもオファーを出しているんですよ。『落ちてくる方』としてね」


 アヤがサバイバルオーディションに出る? 復活のために? そこまで落ちぶれた扱いをされるのか?


 さすがに腑に落ちないと思いながらも「そうですか」とだけ返し、出井さん達を見送るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る