第39話
収録終わりの楽屋、エトワールの5人とアヤが円陣を組む。
卯月の「頑張るぞー!」という掛け声に全員が「おー!」と答える。
「はい! オッケーでーす! 本日は以上です。ありがとうございましたー!」
ディレクターがそう言うとゾロゾロと撮影スタッフが楽屋から退散していった。
それと同時にエトワールの5人はアヤから離れて俺の方へと寄ってきた。
アヤのマネージャーを含め、8人しかいない楽屋の空気は最悪。お通夜状態だ。
「お……お茶を買ってきますねぇ……」
俺が辞めた後に入社したのか、全く面識がないアヤのマネージャーは逃げるように部屋から出ていった。
「はぁ……マジでこの組み合わせでやんのかよ……」
虎子がダルそうにボヤく。
二次審査は2グループが合体したチーム毎に番組が用意したオリジナル曲を披露する。二次審査のパフォーマンスによる対決で得られるものはボーナス票のみ。生き残れるのは最終的な獲得票数が多かった4組。つまり、パフォーマンスで1番評価されようと、人気がない下位の4組は脱落するということ。
一次審査の結果は全てリセットされるため俺達も気を抜けない状況だし、下手なパフォーマンスをしたら当然人気は下落する。なのに、運命共同体の相手はアヤ。
メンバーの士気が上がるわけもなく、気まずい空間が出来上がってしまった。
「まぁ……プロは嫌いな人とも仕事をしないといけない。しばらくは、共演する人を選べたり、共演NGなんて出せるような立場じゃない。その練習だと思ってくれ」
俺は5人に向かってそう言う。
「まぁ……黒子さんがそう言うなら……けど……アヤさん、何か言うことがあるんじゃないですか?」
卯月は渋々ながら納得したが、アヤに話を振った。
俺とアヤの話は全員が知っていること。それをアヤも察したように俺達の方に身体を向けた。
「アンタ達には関係ない話。あたしと黒子、二人のことだから」
「黒子さんの事なら私にも関係あります!」
卯月はムキになって反論する。
「なんで?」
「そっ、それはぁ……そのぉ……」
卯月は顔を赤くしてチラチラと俺の方を見てくる。
「あっ……アンタ、高校生に手ぇ出してるの!?」
アヤがドン引きした顔で俺を見てくる。
「出してねぇよ! 卯月も変な匂わせするなって」
「あはは……ごめんなさぁい……」
「とにかく。一時休戦だ……っていうか別に争ってるつもりもないけどな。カメラが回っている時以外は必要以上に仲良くする必要もない。全員が自分のやることをやりきれば二次審査は突破できる」
俺は全員を導くように力強く宣言する。
「練習は明日からだ。スタジオは番組側で用意してくれてるからそこでやろう。それじゃ、帰るぞ」
ここに長くいると揉め事ばかり起こりそうだ。俺はさっさと5人を連れて楽屋を後にするのだった。
◆
翌日、オリジナル曲の練習を開始。振り付けはかなり難易度が高いため、ワンアクションずつ、俺が丁寧に振りを見せて鏡越しに伝えていく。
「っはぁ……黒子なんでもう全部覚えてるの!? 早すぎない? 動画データが来たのって昨日の夜なんでしょ?」
踊り続けること数時間。汗でぐっしょりとしたシャツの中をあおぎながら響が言った。
「ま、さっさとやらないとな。それに虎子ももう粗方覚えただろ?」
「余裕だな」
虎子はニッと笑う。響もブーブー言いながらも形にはなってきているのでまだ良い方。
というかエトワールの5人はかなり飲み込みが早い。これまでの経験で実力はかなり上がっている様子。
課題曲のタイトルは『VIPER』。その名の通りヘビをモチーフにした曲と振り付けだ。かなりの難易度なので、正直この曲を割り当てられた時は不安になったが、この調子なら大丈夫だろう。
「ふぅ……」
心配なのは頭からタオルを被って隅っこに一人で座っているアヤ。振り付けが一人だけ入りづらく、悪く言えば足を引っ張ってしまっている状態だ。とはいえ前から彼女のスピードはこんなもの。他の5人が早すぎるのだ。
マネージャーもおらず完全にアウェイな彼女には誰も近づこうとしない。
さすがに一人で放置するのはチームワーク的にも困りそうなので、アヤに近づき隣に座る。
「大丈夫か?」
アヤはチラッと俺の方を見て「なんとか」と答える。
「そうだな……なんか懐かしいな。こうやってよくスタジオに遅くまで残ってやってたよな」
「昔話がしたいの? あたしは別にしたくないんだけど」
「そういうわけじゃないけど……」
トゲトゲした態度を取られるのは仕方ないか。こんなアウェイな空気だし。
「マネージャー、帰ってこないな」
「掛け持ちしてるから。事務所が推してる別の子。あたしは……まぁ……そういうことだね」
既に見切りをつけられているということか。
「今回の二次審査で残れれば見る目が変わるんじゃないか?」
「無理無理。だって9位だよ? 次は最下位でも8位。一個順位が上がってサヨナラだよ」
さすがに前回の投票結果がメンタルに来ているようだ。
「そりゃやってみないと――」
「あの、なんで休んでるんですか?」
俺とアヤの前に卯月がやってくる。直前まで一人で鏡の前で踊っていたので前髪は流れているし、息も乱れている。その割に妙に冷ややかでゾットする目つきだ。
「卯月も少しは休めよ。動けなくなる方がロスが大きいからな」
「黒子さんじゃないよ。アヤさん。なんで休んでるんですか? 一番振り入れが遅れてるのに休んでる時間あります?」
「おっ……オリジナル曲だから……」
卯月の詰問にアヤは目を逸らしてそう言う。
「条件はみんな一緒ですよね?」
「うっ……」
ぐうの音も出ない正論なのだけど、追い詰めたところで逆効果だろう。
「卯月、そこまでだ。アヤはよくやってるだろ。昔見てた時に比べて格段に早くなってる。虎子や響に食らいつけてるだけで十分だよ。卯月もな」
卯月は唇を尖らせて「は〜い」と言うとまた鏡の前に戻っていく。
「あ……ありがと……黒子……」
アヤは頭にタオルを被ったままそう言う。
「別に……本当のことだよ。よく頑張ってるよ」
こんな化け物集団の中でよくやっているというのは本音なのだから。
「……褒められちゃった」
アヤがボソッと何かを呟く。
「なんだ?」
「なっ、何でもない!」
心なしか、タオルで隠れているアヤの口角が僅かに上がったように見える。
まぁ、それはそれとして卯月とも話をしておかないとだ。
俺は立ち上がって鏡の前で振り付けを確認している卯月の方へ向かう。
「卯月、ちょっといいか?」
「うん。もちろん」
卯月が満面の笑みテクテクと寄ってきた。
そのまま卯月を廊下の奥、人気のないところに誘導する。アヤへの当たりが強いのは仕方がないが、チームワークか乱れかねないので仲裁しておくためだ。
「黒子さん、どうしたの?」
「その……さっきのアヤへの言い方だけど……まぁ……なんだ。言いたいことがあるのは分かるけど、あいつはあのくらいのペースが普通なんだ。もう何日か我慢出来ないか?」
「うーん……じゃ代わりにデートしようか」
「なんでそうなるんだよ!?」
「アハハ! 冗談だよ。けどね、アレはわざとなんだ」
「わざと?」
「うん。アヤさんがあの空間で一番頼りにしてるのは黒子さんじゃん? それとなーく黒子さんがアヤさんを褒めるように仕向けたらちょっとは空気が変わるかなって。アヤさん、私達が話しかけても塩対応だからさ」
「じゃあ……俺にフォローさせるために敢えてあんなキツイことを言ってたのか?」
「そういうことぉ! 普通に考えて休んでいいに決まってるじゃん。ずーっと頑張ってたわけだし。いやぁ……私も黒子さんのことを理解してきたよぉ」
卯月は満面の笑みでそう言って手のひらを上に向けて円を描くように動かす。俺は卯月の手のひらの上で踊っていたらしい。
「ありがとな……卯月」
「ま、お礼はまた考えておくね」
卯月はウィンクをして先にスタジオに戻っていく。
一回りも歳下に気を遣われて何をしているんだ、と自分に言い聞かせ、色々なことが混ざり合ってグチャグチャになった感情を数分かけて鎮める。
気付けのために頬を叩いてスタジオに戻ると、6人が鏡の前に立っていた。
「ちげぇよ! もっと腕はこう! 胸の上まであげんの!」
虎子がアヤの腕を持って踊りの指導をしていたようだ。
「……む? アヤさん、意外と胸ありますね? グラビアとかやらないんですか? ちょちょ! もうちょい胸を張ってください!」
横からアヤを見ていた茉美は相変わらずのセクハラ発言を浴びせている。
「ってかやっぱアヤちゃん可愛いよねぇ。これが芸能人かぁ……」
響は踊りを教えると見せかけてベタベタとアヤの髪の毛を触っている。
「……ぷにぷに」
世莉架がアヤの頬を何度も突く。
「……黒子ぉ……助けてぇ……」
アヤが涙目になりながらエトワールの洗礼を受けている。裏を返せば皆が歩み寄ろうとしているということなんだろう。
俺が笑って「頑張れよ」と言うと隣に卯月がやってきた。
「アヤさんね、自分から虎子ちゃんにお願いしに来てたんだよ。『ダンスを教えてください』って」
「そうか……」
「エトワールの6人目だね。あ、黒子さんがいるから7人目か」
いくらなんでもアヤの方が嫌がるだろう。俺もどんな顔をしたら良いのか分からないし。卯月の発言に苦笑いをして「そりゃないな」と言うしかなくなってしまうのだった。
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