第19話
泥酔状態の響が風呂に乱入。俺はギュッと目を瞑り、足を閉じる。
「はっ……早く出てけよ!」
響は「はいは〜い」と空返事をしながらも出ていかない。チャポンと音がしたので浴槽に浸かったようだ。
「お、お、おおお、俺が動けないだろ!? 早く出ていけって!」
慌てている俺をよそに響は「私ね、お風呂が好きなんだ」としっとりとした声で話し始める。
「あ、目開けていいよ」
恐る恐る目を開けて横を見ると、響は俺に背中を向けるように座っていた。産毛すら見えない、絵を描く前のキャンバスのような真っ白な背中だが、背中なら見せていいとかそういうことじゃないだろう。
「あのなぁ……」
「ま、聞いてよ。真面目な話だから。別にエロい事しにきたわけじゃないよ」
「はぁ……」
俺の返事をオーケーと捉えた響が話し始める。
「今でこそさ、一階にきれいなお店があって、二階と三階が住宅のひろーい家に住んでるけど、中学生くらいまでは1LDKで自分の部屋もなかったんだ」
「そりゃキツイな……」
思春期にもなれば一人になる空間が欲しくなるところだろう。
「まぁ当時はそれが普通だと思ってたからね。けどやっぱり一人で考えたい時もあってさ。トイレは親も使うから悪いし、考え事をしたい時はこうやってお風呂にずーっと入ってたわけ」
「じゃ、後で考え事をしにこいよ」
「黒子と話したいってことだよぉ! ここが私にとって安心して、腹を割って話せる場所なんだ。自分の部屋じゃどうしても取り繕っちゃうから……ね?」
「そういうことか……」
そういうことなら仕方ないか。飯の借りもあるわけだし。
俺も椅子を90度回転させて響に背中を向けるように座り直す。
「で、何なんだ?」
「うーん……なんというか。皆が羨ましいんだよね。5人で踊ってる時は楽しいけど……ちょっと苦しい、みたいな。皆は特別な才能に恵まれている。けど私は世莉架や卯月みたいに歌は上手くないし、虎子みたいに踊れない。茉美みたいに頭の回転も早くないし口も回らない。ぜーんぶ中途半端じゃん?」
「ヘラってんなぁ……」
まぁ無理もないか。周りは高校生だらけ。一回り年上の自分よりも上手な人達に囲まれている。プレッシャーは常にかかっているんだろう。
「あはは……メンヘラおばさんですぅ……」
「けどそれって悩むことじゃないけどな」
「そうかな?」
「何だろうな。イルカと海で泳ぎを競ってる、みたいな感じだろ、それ」
「うーん……よくわかんないけどサバンナでチーターと追いかけっこしてるってこと?」
「分かってるじゃねえか……猿と木登りで戦ってるんだよ、それは」
「牛と肉質で争ってるのかぁ……」
「本題に入っていいか!?」
「あはは……どうぞどうぞ」
「要するに、比較しなくて良いところで比較してんだよ。そりゃ皆うまいよ。けど、歌とダンスのスキルだけを見て集められたグループが鳴かず飛ばずだった事もあった。そういうもんだよ。皆がうまけりゃいいってもんでもないんだ」
「私って何が出来るんだろうねぇ」
「まとめ役だよ。グループで活動をするなら響みたいなまとめ役は絶対に必要だからな。最年長だから出来てる訳じゃなくて、それはそれで才能だと思うぞ」
「そ、そんなにまとめられてるかなぁ……」
響は言葉とは裏腹に満更でも無さそうな口調だ。褒められたいだけの時もあるよなぁとふと思う。
「ま、遊んでるだけの時もあるけどな」
「だよねぇ。ま、気分は悪くないよ」
「そうか。じゃ、出ていってくれ」
「えぇ!? 折角だから一緒に湯船浸かるぅ?」
背後からチャプン、と湯の跳ねる音がする。
「遠慮しとくわ……第一こんなとこ親に見られたらどうするんだよ……」
「喜ぶんじゃない? 26にもなって定職も就かずにフラフラしてるわけですよ。だからさっさと結婚前提の彼氏を作るなり、仕事を見つけるなりして欲しいんじゃないかなーって、勝手に思ってる」
「じゃあアイドルじゃなくて婚活でもしろよ」
「してたよ。初めて会った日あるじゃん? あの日ね、婚活パーティっていうか……まぁ街コンみたいなやつの帰り道だったんだ。初めて行ったんだ」
「へぇ……終電まで誰かと飲んでたのか?」
「それがさぁ……誰ともマッチングせずに終わっちゃって。一人でやけ酒してたら寝過ごしてあそこにいたわ!」
二人の「ガハハ!」という笑い声が浴室で反射する。
「けどさ、そりゃよっぽどハイレベルな人が集まった街コンだったんだな」
「え? 何で?」
「だって響を誰も選ばないんだろ? それだけ魅力的な人がわんさかいたってことだろ。響がダメって訳じゃないよ」
少なくとも黙っていたら人並み以上に可愛い人ではあるわけだし。街コンにいて男が寄ってこない訳はないだろう。勝手な想像だが酒癖の悪さが露呈してしまったんじゃないかと推察する。
「ま、見た目はそれなりだという自負はありますが! 結婚相手を探すんだとしたら見た目よりも中身が大事なのかもね」
「なら、参加者には尚更見る目が無かったんだな」
「めっちゃ褒めるじゃ〜ん」
「メンヘラ子供部屋おばさんを慰めないといけないからな」
「うっ……HPが0を通り越してオーバーキルなんだけど……」
「ヒールしてやろうか?」
「助けてくれるの!?」
「何回でもオーバーキルするためにな」
「あはは……さーてと! 先に上がろうかな! すっごい火照って来ちゃった!」
「酒飲んで風呂入るなよ。危ないぞ」
「普段はしないよ。今日だけ」
背後からざぶん、と響が立ち上がる音がした。ペチン、ペチンと両足が床に着く音が俺のすぐ後ろから発生する。
不意に少し冷えてきていた身体が温かい感触に包まれた。
「黒子、ありがと。元気になったよ」
耳元から響の声がしたので背後から抱きしめられているのだと分かる。
すぐに離れた響は「じゃあね」と言って先に風呂から出ていく。
散々胸が小さいアピールをしていたくせに背中には痛いほどに甘い感触が残っている。
「元気に……なぁ……」
俺は顔を下に向ける。風呂から出られるのはしばらく先になりそうだ。
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