第8話
閉店したメイド喫茶の扉を開け、謎の美女と響の3人で席に座る。閑散としているが、かつてはここで「オムライスニャンニャン」みたいな会話が繰り広げられたのだと思うと感慨深さすらある場所だ。
「えぇと……
世莉架は頑張って標準語を話そうとしているようだがその辿々しさがまた何ともぐっと来る。
「辰巳さんって出身はどこなの?」
響がいきなりパーソナルな質問をぶっこんだ。
「都内……だけど」
「都内!?」
俺と響が同時に驚く。どこの都内に住んでたらそんな田舎っぽい話し方になるんだよ!?
「両親は田舎から出てきたから気を抜くと出ちゃうんだ」
「なるほどなぁ……それで、なんでここに?」
「ネットで調べたら出てきた……んだよ。ほら」
世莉架が見せてきたのは飲食店のレビューサイト。どうやらメイド喫茶の前は人気の飲食店だったらしい。
「メイド喫茶の更に前か……」
どうやらここに入居するテナントはぐるぐると入れ替わっているようだ。あまり人が来ず客の入らない場所なんだろう。
そんなところで出会ったのも何かの縁なのかもしれない。
「あのー……辰巳さん、普段は何を?」
「学生……だけど。高3」
「学生!?」
めちゃくちゃ大人っぽいんだが!?
「……なんでね? わるかね?」
世莉架は明らかに俺を警戒し始めた。
「あー、あはは……大人っぽいから驚いただけ。実はさ、私達、ここをアイドル活動の拠点にしようかなって思ってて。で、絶賛メンバー募集中だったり。どう? 興味ない?」
「あ……アイドルかぁ……興味はあるんだすけど、わ、わすには無理……だと思う」
世莉架は顔を真っ赤にして俯く。
「こんなに可愛いんだから大丈夫! 歌かダンスは出来るの?」
「昔、声楽をやってた……んだけど……そのせいで変な歌い方になっちまったんだ。普通に喋ったら訛ってて変、歌ってもオペラみたいで変って笑われてさ……」
どうやら歌うことにトラウマがあるらしい。俺はその場で立ち上がり、見様見真似でバリトン歌手ばりに力を入れて『オ・ソレ・ミオ』を歌ってみる。
ワンフレーズだけ歌うと、二人がぽかんとした顔で見てきた。
「な……何?」
世莉架が警戒心を強めたように上目遣いで俺を見てくる。
「別に変じゃないよってこと。歌ってみたらどうだ? そこに小上がりがあるだろ?」
恐らくイベントで使っていた場所なんだろう。人が数人立てるくらいのスペースがステージとして段差がついていた。
世莉架はしばらくそこを見ていたが、やがて意を決したように立ち上がり、ステージに立った。
やはりというべきか、世莉架は物凄くステージ映えする。ジーパンにニットという地味な服装だというのに、それがまるで真紅のドレスを着ているかのような錯覚に陥る。
スゥと控えめに息を吸った世莉架はその細い身体のどこから出ているのか不思議になる声量でソプラノ歌手のような美声を響かせた。
歌の方は申し分ない実力。この手のクラシック音楽には疎いのでその道の人から見た評価は分からないが、腹から声が出ている。
ただ、ポップミュージック向けの歌い方では無い事は確かだ。
知らない曲を歌い終わると、世莉架はそそくさと店から出て行こうとする。
俺は慌てて「待ってくれ!」と世莉架の背中に声をかける。
「辰巳さん、歌の基礎は出来てる。完璧だよ。後は歌い方だけちょっと練習すればきっと立派にステージに立てる。どうだ? やってみないか!?」
この人を逃したくない。そんな思いで声をかける。
扉に手をかけたところで立ち止まっていた世莉架はゆっくりと振り向くと、俯いて店の奥の方を指さす。
「……ここに来た本当の理由はメイド喫茶で働きたかったから……なんだ。大きなところは怖いから、小さな店の求人を見つけて、勇気を出して来てみた……んだ」
「人前で歌う事は好き?」
俺の質問に世莉架は俯いたまま「Yes」と意思表示するために首を縦に振る。
「……大好き」
「なら――」
「条件。メイド服を着てライブが出来るなら……やってもいい……と思う」
「良いよ。そもそもその予定だったから」
世莉架は勢いよく顔を上げる。大人っぽいと思っていたが、高校生なりの少女のように輝く目で俺とメイド服を交互に見ている。
「りょーかい。ちなみにどんなことをするの?」
「あー……全部未定なんだ。とりあえず場所はここ。メイド喫茶をやりながら、練習場所としても使って、まずは路上ライブとかライブハウスで地道に活動していく感じになると思う」
「りょーかい」
まぁこんな素性も知らない奴と一緒にやると言うくらいだから世莉架も何かしらぶっ飛んでいる人ではあるんだろう。
世莉架はトテトテとメイド服がかかっている衣装ケースの方へ向かい、一着を手に取って自分の身体に当てて見せてくる。
「……可愛い」
余程メイド服に憧れがあったらしく、世莉架は唇を噛みしめながら笑っている。
その姿がまた綺麗でいかにもビジュアル担当という雰囲気だ。
「これで三人目か。どうする? 場所も確保できそうだし本格的に活動の話を始めちゃう?」
響の質問に俺は首を縦にも横にも振れない。
街で見かけた虎子という女子高生は何としてもスカウトしたいが、それでは4人。
フォーメーションのやりやすさを考えるともう一人は欲しいところだ。
その時、俺の携帯がブーッと鳴った。開くと、卯月からメッセージが来ている。
『学校で良い子見つけたよ! 今から会える?』
どうやら卯月が学校の同級生か誰かを捕まえてくれたようだ。
写真も送られてきたが、肝心の顔は手の平で隠されている。
鼻から上を片手で隠しているため、口元しか見えない状態だ。
「これだと風俗嬢の隠し方じゃねぇか……」
隣から俺の携帯を覗き込んできた響がげらげらと笑っている。
本当に来るのは女子高生なんだよな? と一抹の不安を感じながら集合場所にムッカを指定するのだった。
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