第7話
街で虎子という女の子を見かけて以降、スカウトのために何度街に出てもピンとくる人がいなくなってしまった。
それほどに虎子を見た時の衝撃が凄まじかったのだと今更になって気づく。見た瞬間はじっとりと脳内にこびりつき、時間をかけてそれ以外のことを考えさせなくさせる。ジワジワと心を侵食していく。これはこれで一種の才能だと思った。
相談のため、響の実家である隠れ家的なレストランの『ムッカ』にやってきた。
中はピザを焼いているのかニンニクとバジル、小麦の焼けたいい匂い、それとコーヒーの匂いが充満していた。ピーク時間でもないのか客はまばらだ。
カウンターに座っていた響が俺を認識すると「お、いらっしゃ〜い」とにこやかに出迎えてくれた。
どうやら響はここで接客の仕事を手伝っているらしく、常連の人と会話をしながら俺を店の一番奥にあるテーブルに案内してくれた。
仰々しく執事のように椅子を引いて俺を座らせると、響は俺の前に仕事を放棄したように座り「お父さーん! コーヒー二つ!」とオーダーした。
「仕事は良いのか?」
「良いの良いの。暇だから。いいタイミングで来たねぇ」
「変な時間に起きて、今お腹が減ってきたんだよ」
相談しに来た、とは少し恥ずかしくて素直に言えない。だが響の「良いタイミング」は俺の理解とは違っていたようで何故か首を横に振られた。
「あぁ、そうじゃなくてさ。活動していくにあたって、色々と足りないものがあるじゃない? 服、練習場所、活動資金、その他もろもろエトセトラ」
響はおしぼりをマイクに見立ててラッパーのように持ってリズミカルに
「やけにテンション高いな……」
「それがさぁ! 良いアイディアを思いついちゃったわけ! 聞く? 聞かない? 聞くよねぇ?」
「はいはい……で、何?」
「実はね、お父さんの知り合いでメイド喫茶を経営している人がいてね。とある店舗が閉店するんだってさ」
「そりゃ残念だ」
「ううん、むしろ好都合な訳」
「あー……なるほどな」
「あ……なる?」
「いいから本題に戻れって……」
なんか絡みづらいな、こいつ。
「はいはい。そこを格安で借りられないかなって思ってるんだ。衣装付きで、練習場所に持って来いじゃない? 何か店を広く見せるためにおっきな鏡まであるんだってさ!」
衣装はメイド服をそのまま流用するという事か。まぁ最初だしメンバー全員で揃っていれば何でも良いか。
「けどダンスするなら足音とか響くだろ」
「ビルの1階。ビル自体はその人がオーナーだからオッケーは貰ってるよん」
「話が早いな……」
「で、でねでね! 私の構想にはまだ続きがある訳よ」
「何だ?」
「そこで、メイド喫茶営業しない?」
「何でだ?」
「コンセプトは『推しにご奉仕してもらえるカフェ』! ま、全体で何人になるか分かんないけどさ、メンバーが実際にシフトに入って接客をする、と。チェキってライブの時は撮ったりするけど店でも撮ってくれたらもっと儲かるじゃん?」
「やけに金の臭いがチラつくな……そのオーナーに吹き込まれたのか?」
響は「ギクリ」と声に出す。それを声に出す奴っているのか。
「やっぱりな。あんま金金ってなるのもなぁ……ただアイディアは悪くないよな。活動資金が貯まって、練習場所も衣装もゲットできる。悪くないな」
「でしょでしょ!? じゃあ早速下見に行こうか! お父さーん、やっぱコーヒー要らなーい!」
響はいそいそと立ち上がり、俺の肩を叩いて店の外で一人で向かう。
何というか、行動力が俺と段違いだ。
店から出る際、響の父親に軽く会釈をする。
「娘が悪いね。あちこち遊びまわって今度はアイドルだとさ。程ほどに付き合ってあげてくれると助かるよ」
むしろスカウトしたのは俺からなんだけど、響は妙に楽しんで親に報告しているようだ。
「あはは……任せてください」
俺は苦笑いをして店を出た。
◆
下見に向かう道中、響が「メンバーは集まりそう?」と尋ねて来た。
「良い子を見つけたんだよ。高校生くらいかな」
「へぇ、声かけたの?」
「あぁ。おじさんって言われて逃げられた」
俺が素直にそう言うと響は「アッハッハ!」と手を叩いて笑う。
「そりゃそうだよねぇ! 高校生から見たら26なんて……え、待って。私もオバサンって事?」
俺とタメであることが災いし、残酷な事実に響が気づく。
「ま、まぁ響は見た目が若いからさ……」
「関係ないね! 男は若風な女じゃなくて若い女が好きなんでしょ!? 響知ってるんだから!」
「キモイ一人称……」
こいつと話していると妙に飽きないな、なんて思っていると店の前に到着。
少し奥まった場所にあり、メイド喫茶をやるにしては少し立地が悪そうな場所ではある。
「ん? 誰だろ?」
雑居ビルの1階にある閉店したメイド喫茶。そこを何度も覗き込んでいる女性を響が見つける。
「そこ、閉店してますよ」
響が話しかけると「ぬわっ!」と驚いて女性が振り向いた。
その瞬間、俺はグループ結成を決めてから何度目か分からないくらいに目を奪われる。
しかし、今回は別格。アイドルグループには『ビジュアル担当』と呼ばれる、メンバーの中でも際立って美しいとされるポジションがありがちだが、目の前にいるその人はまさにビジュアル担当に相応しい美女。ただのジーパンにニットを着ているだけなのにモデルのようだ。
長い茶髪をワンレンで流し、おでこを出すスタイル。猫目でぱっちりとしていて、少し大きめの口がセクシーさを醸し出している。
「あ……あうっ……」
響も卯月も虎子も申し分ないくらいに可愛い。だが本物の美女と相対すると口が開かなくなってしまうらしい。
美女は響に向かって微笑みかける。その表情もまさに天女。この人はここの関係者何だろうか。だったら話が早そうだ。是非ともメンバーに入れたいところ。
俺の心にバーレスク東京がオープン。この美女を仲間にするため、四つ打ちドラムがズンズンと鳴り始めた。
「そーですがぁ。ありがんとございます」
「……え?」
美女が口を開いた瞬間、クラブは閉店。急に東京中のビルが崩れ、のどかな田園風景が広がっていく。
「ありがんとございます。こごの店がうめーってから来てみたんだが閉まってんなら仕方ねぇべな」
いや、どこの人!?
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