第15話

 初ライブは上々の成功具合。あまりの混雑により警察によって中止されたことも見ていた人から草の根的に伝説として広まっていき、早くもライブの問い合わせが来るようになってきた。


 同時にやらないといけないのがコンセプトカフェのオープン。ライブ活動と合わせて両輪での収入源となるのでこれも手を抜けない。裏方の人手は響の父親の伝手で飲食店の経験者を何人か採用してメンバーの四人は接客に集中してもらう形だ。


 問題はメイド喫茶というコンセプトなのに4人が全くメイドを演じきる気が無いこと。


「おっ……おかっ……せっ……ごしゅじっ……さっ……」


 練習のために俺が客に扮して席につくと茉美が顔を引きつらせながら挨拶をしてくる。


「コミュ障過ぎるだろ……」


「違います。人にへりくだるのが嫌いなだけです」


「一応これもファンサービスだからな!?」


 茉美は相変わらずの猛獣っぷりだ。


「私達は世の中に反逆するメイドです。なぜ来店した人に誠心誠意真心を込めて接客をしないといけないんですか! むしろ逆に塩対応すべきではないですか!?」


「悪いけどそこは設定を崩してくれるか!?」


 あの手この手で屁理屈をこねる茉美の相手をするのは楽しいが日が暮れてしまいそうだ。


「響、お手本を見せてやってくれ」


 響は「うぃ〜」と軽く返事をして俺の前に来ると腰を直角に折り曲げた。頭を上げると顔中の筋肉を総動員した満面の笑みを全力で投げ込んでくる。


「お帰りなさいませ〜♡御主人様〜♡」


 うん、キツイ。26歳の全力メイドはキツイものがある。心の奥底からメリメリと顔を覗かせる『BBA』の三文字を押し込んで再び地底に封印する。


「お……おう……良いんじゃないか!?」


「ふふーん。でしょ〜」


 響は褒めておけば上機嫌。扱いやすくて何よりだ。


「次は卯月、やってみな」


 俺が指名すると卯月は「は〜い!」と元気よく返事をして、その場で丁寧にお辞儀をした。


 頭を下げたことで少し乱れた髪の毛をサッと直し、全力の爽やかな笑顔を見せる。本人は意識して笑顔を作っているのだろうが、それを全く感じさせない。まるで友達と公園ではしゃいでいる時のような、清廉な笑顔だ。


「お帰りなさいませっ! 黒子様っ!」


「ごっ……合格っ!」


 本当に卯月が駅前で高々数人の人の前で弾き語りをしていて、埋もれていたという事実が信じられない。


 それくらいに何でも前向きに取り組んでいて、兄のような目線でうるうるしてきそうだ。


「……おかえり。ご主人」


 まだ卯月の出迎えの余韻に浸っていたいのに、世莉架がさっと水を置いて静かにそう言う。世莉架は皆の前で訛りが出るのが恥ずかしいのか、かなりしっとりと喋るようになった。


「これはこれでアリだな……」


 やっぱり全員の個性が爆発しすぎているので無理に型にはめようとしない方がいいのかもしれない。尖りまくっている茉美、キツめの響、王道の卯月、クール系の世莉架。うん、悪くない。


 欲を言うならシフトの面でも、ダンスのフォーメーションの面でも、もう一人はメンバーが欲しいところだが、無い物ねだりをしても仕方がない。


「接客業の『いろは』は響先生に習うようにな」


 響の親が営んでいる料理店『ムッカ』はかなり繁盛していて、響もホールの手伝いをしているようなので他のメンバーに教えられることは多いだろう。


 全員が「はーい」と返事をしたところで、またダンスのレッスンを始めるのだった。


 ◆


 レッスンが終わるとすっかり日が落ちていた。店の更衣室で着替え終わった人から出てきて「お疲れ~」と言って帰宅していく。


 俺は店舗の鍵を持っているので出るのは最後。


 響、世莉架、茉美が順番に出てきて帰っていき、最後に残ったのが卯月。


 ひとり前の茉美が帰ってから10分くらい経って、やっと卯月が更衣室から出てきた。


「おぉ、お疲れ、卯月。体調でも悪いのか?」


 卯月はご機嫌そうに口角を上げたまま首を横に振る。


「ううん、違うよ」


「じゃ、何だよ」


「黒子さんと一緒に帰ろうかなって」


「良いけど……俺の家はすぐそこだから……まぁ駅まで送るよ」


「わぁい! ありがと!」


 まだやる事はあるのだが家でやればいいか。俺はノートパソコンをたたみ、卯月と一緒に店を出る。


 この店舗があるビルは狭い路地を入った人通りの少ない場所に位置しているので、夜に店を出ると大通りに出るまでは1人で歩くのが若干怖い場所ではある。


 フラフラと車道側を歩く卯月の腕を引き、歩道側に寄せて自分が車道側を歩く。


「あ……ありがと……」


「気をつけろよ。こうやって歩ける機会もこれからはそんなにないからな」


「何で?」


「そりゃアイドルだからな。いくらマネージャーとはいえ、それを知らない人が男と二人で歩いてんのを見たらどう思うよ。というかちゃんとしたファンじゃない人に限ってそう言う話題で煙を炊きたがるからな」


「ふぅん……アイドルは恋愛しちゃいけないのかぁ……」


 卯月はチラチラと俺を見ながら独り言のように呟いた。


「そりゃそうだろ。隠せるなら、バレないなら、って言うけど絶対バレるんだからさ。何だよ。高校に気になる人でもいるのか?」


「学校『には』いないよ」


 卯月は俺の方を見てニヤリと笑いながらそう言う。


「へぇ……アオハルしてんなぁ……ま、折角頑張ってるんだから、バランスは上手く取れよ」


「うん! 折角のチャンスだからねぇ」


「チャンス、なぁ……」


 まぁ確かに初回のライブはこれ以上ないくらいに成功した。とはいえまだ一円もお金は稼げる状態になっていない。


 軌道に乗った、とは言い切れない状況だ。


「凄いチャンスだよ。だってさ、見た目がそこそこの歌が上手い高校生なんて世の中にたくさんいるじゃん? だから駅前で弾き語りをしても、SNSに動画を上げても見てもらえなかった訳で」


「ま、ポジションを変えてみるのは大事だよな。『可愛い歌手』じゃなくて『歌がうまいアイドル』っていう見方になると途端に受けが良くなるっていうのもあるしな」


「そうそう! だからね、頑張るんだぁ」


 前を向き、ニコニコしている卯月の横顔は希望や多幸感に満ちていて、お裾分けを貰えるくらいに元気が出てくる。アイドルはかくあるべき、というのを身をもって体感させられている気分だ。


 本当、彼女が埋もれていたことがいまだに信じられない。


「ただ……まぁ見つけられなくて良かったよ。卯月ほど可愛さと歌唱力が共存してる人は中々いないからな」


 素直に気持ちを伝えると、卯月は「ぶもっ」と豚鼻を鳴らしてむせた。咳き込みながら顔を真っ赤にしている。


「かっ、可愛いって……照れるんだけど……」


「いやいや、照れんなって。ありがとうって笑顔で言うんだよ。ファンの人に言われて毎回照れんのか?」


「うー……それはそれ、これはこれだし……ふっ、不意打ちだし……」


 卯月が恨めしそうに俺を睨んで来る。ただ迫力は小動物の威嚇程度。まるでウサギ。


 卯月はじーっと俺を見ながら歩くので、前に横に注意を払わないといけないので大変だ。


「駅、着いたぞ」


 卯月の視線に耐えながら大通りに出ると目の前が地下鉄の入り口。


「あ……」


 卯月はモジモジしながらその場に立ち止まる。


「何だよ?」


「なっ、何でもない! それじゃ! 黒子さん……ありがと!」


 何だかんだで最後は完璧な笑顔を残して卯月が去っていく。


 ぴょんぴょんと跳ねるウサギのように地下へ消えていく卯月を見送った俺は自宅への近道である薄暗い路地を抜ける事にした。


 左右のビルの壁は落書きがされていて、この通りの治安の悪さを物語っている。


 その一角には人一人が踊れるくらいのステージのような形のコンクリートのブロックがある。何のために設置されているのかは定かではないが、当然のようにそこは落書き帳扱いだ。


 今日はそのコンクリートブロックがある方から音楽が聞こえて来た。


 通り道でもある尚で不思議に思いながらそこを覗き込む。


 すると、一人の髪の短い女の子がそこでダンスをしていた。


 ジャンルはロック。激しく手足をくねらせ、時折見せる腰のうねりは身体の柔らかさを感じさせる。


 最後にくるっとターンをした拍子にふわっとスカートが浮き上がる。別に見ようとしたわけじゃないが、コンクリートブロックがそれなりの高さなので、俺の目線とその女の子の腰の位置がピッタリと噛み合い、下着がばっちりと見えてしまう。


 カラーコードで言うなら『#223a70』。つまり紺。


 そして、そんな最悪なタイミングで『彼女』と目が合ってしまった。


 そう。そこで踊っていたのは、街で見かけて逃げられた虎子という女の子だった。

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