第33話 王城へ


 ――カレン様


 夢の中で、ジークが可憐の名を優しく呼ぶ。

 可憐はそれだけで幸せな気持ちになった。


(この声、大好き。ほんとイケボだわ)


 ――カレン様


 もう一度、可憐を呼ぶ声。

 ゆっくりと意識が浮上して、その声が耳元で聞こえていることに気づく。


(えっ……。私まだ、宿のベッドの中だよね!? まさか……)


 心臓が激しく動き出す。

 思い切って目を開けて、声が聞こえたほうに顔を向けた。

 視界に飛び込んできたのは、白いオカメインコ。


「カレンサマ」


 小梅ちゃんがジークの声真似をしていたのだと気づいた。


(くっ……。イケメンボイスじゃなくてインコボイスだった……)


 だまされた自分が恥ずかしくて、ため息をつきながら体を起こす。

 時計を見るとそろそろ起きる時間で、小梅ちゃんは起こしにきたのだろうと思った。

 メッシーはまだスピースピーと鼻を鳴らして床の上で寝ている。


「ジークさんの声真似はやめてね、小梅ちゃん」


「ハァーイ」


 相変わらずの返事になかばあきらめて、窓の外を見る。


(あー、今日はお城に行くんだった。ちょっと面倒くさい……)


 ケチではないが狸爺な王様に、性格最悪王子、無礼な大神官、ほぼ存在を忘れていた青騎士団長。

 会いたくない人間ばかりだったが、悠々自適生活のためにも、行かないという選択肢はないのだ。


 朝食後すぐに町を出て、感傷に浸る間もなく昼前には王城に着いた。

 城の中へはジークのみが付き添ったが、それも途中で引き離される。

 そして風呂に入れられ豪華な白い衣装を着せられ化粧を施され、準備が終わる頃にはクタクタになっていた。

 合間に食べたサンドイッチは美味だったが、足りない。

 空腹感と疲労感を抱えながらソファに座っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「聖女様、お迎えが来たようでございます」


 王宮メイドの言葉に、立ち上がる。

 開けた扉の向こうに立っているのは、きっとジークだと思っていたが。


「おお……これは。この方が、あの聖女様? 別人ではないですよね?」


「……」


 顔をすっかり忘れていたが、豪華な青い騎士服を見て誰だったか思い出す。

 だが名前はまったく出てこない。


「なんとお美しいのでしょう、聖女様。この私、青騎士団長ウォルター・バーモンドに謁見の間までエスコートする栄誉をお与えください」


 見た目ひとつでここまで態度が変わることに、いっそ笑いたくなる。


「それは断れるんですか?」


「なんとつれないことを。王宮内の警護は青騎士団の任務。どうかご理解くださいますよう」


 つまり断れないということなんだろうと、ため息をつく。

 青騎士団長が差し出した手に、仕方なしに手をのせた。

 さすがに手を握ってくるような無礼はせず、そのまま廊下を歩きだす。


「聖女様のお美しさ、まばゆいほどです。これも女神様の御力なのでしょうか」


「厳しい旅で痩せただけです。体型以外は何も変わってはいません」

 

「ははは、ご謙遜を。しかも聖女様はすべての試練を乗り越えられたのだとか。あなた様のように強く美しい女性は初めてです」


「そうですか」


 つまりすべての試練を乗り越えた特別な聖女であり、なおかつ痩せた可憐に興味を持ったということだろう。

 今さら、である。

 アンドリューのように取り繕うことすらせず、初対面でやる気のない態度を見せたこの男に興味を抱く可能性があるとでも思っているのかと、可憐はため息をつく。

 そろそろ手を離したい衝動にかられたとき、ようやく謁見の間に着いた。

 大きな扉の前で静かに頭を下げている人物に、胸が高鳴る。無意識に、青騎士団長から手を離していた。

 見慣れた簡素な旅装ではなく、初対面のときに見た、黒地に銀糸の刺繍が入った騎士服姿のジーク。

 凛々しく品のあるその姿に、可憐は頬が熱くなるのを感じた。

 目が合うと彼は微笑し、黒い手袋に覆われた手を差し出す。そこにためらいがちに手をのせた。

 可憐の手をすっぽりと包み込んでしまえそうな大きな手に、またときめく。

 

 使用人が開けた大きな扉の向こうに二人で足を進めると、謁見の間がざわめきに包まれた。


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