第26話 焚き火の傍で


 歌い終えた可憐は、イアンに可憐専用だという焚き火の傍へ案内され、横たわっている大きな丸太に腰かけて一息つく。イアンは飲み物をとってくると席を外した。

 黒騎士たちが囲むいくつかの焚き火からは少し離れていて、談笑は聞こえてくるもののうるさいわけではない。気を遣ってくれたのだな、と思った。

 セーラが笑顔で近づいてきたが、その行く手を阻むようにアンドリューが現れ、しばし言い争う。

 だが何を言われたのか意外にもセーラは引き下がり、その場で足を止めた。表情には不満が表れていたが、アンドリューが可憐に近づくのを止めはしなかった。


「……?」


「カレン様におかれましてはご機嫌麗しゅう」


 両手にカップを持ったアンドリューが可憐の横に立つ。

 別の焚き火を囲んでいる黒騎士たちが、チラチラとこちらに視線を寄越した。


「こんばんは、アンドリュー卿」


 周囲を見回してなんとなくジークを探してしまったが、彼の姿は見えない。


「少し……お話をさせていただきたく、無礼を承知で参りました」


「……そうですか」


 アンドリューが少し距離をあけて隣に座り、カップの一つを可憐に渡す。

 するとメッシーがどこからともなく走ってきて、すかさず二人の間に入ってきてお座りした。

 さらに小梅ちゃんが可憐の肩にとまる。

 セーラに視線を移すと、「グッジョブ!」と言わんばかりに笑顔で親指を立てていた。

 アンドリューがやれやれ、とため息まじりに言う。


「私は警戒されていますね。それも仕方のないことです。カレン様も、私のことは何らかの目的をもって近づいてくる胡散臭い軽薄男だと思っていらっしゃることでしょう」


「……」


 図星なので否定できない。

 彼が苦笑した。


「正直なところ、カレン様を甘く見ていました。この容姿を武器にして甘い言葉を囁き、気分を良くさせればカレン様は私を選ぶだろうと最初は思っていましたから。ですが、カレン様は芯のしっかりしたお方。そのような上辺だけの男は選ばないでしょう」


「そうですね」


 はっきりと肯定する可憐に気を悪くした様子もなく、むしろ楽しそうに彼が笑う。


「だから、私がなぜカレン様に選ばれようとしたのか。それをお話ししようと思います。私が見せられる誠意は、今のところそれだけなので」


 そう言いながら、彼は袋から何かを取り出す。


「……ウインナー?」


 彼が持っていたのは、串に刺さったウインナー。

 なぜここでウインナー? と首をかしげる可憐に、アンドリューは小さく笑う。


「これは話とは関係ありません。ですが、食べながらのほうがリラックスして話を聞いていただけるかと」


 そう言いながら、ウインナーを軽く焚き火で炙る。

 ここでウインナーとは策士だな、と思いつつも、腹が鳴るのを止められない。

 差し出されたウインナーを礼を言って受け取る。アンドリューは別の袋から生肉の塊を、ポケットからは小さな果実を出して、それぞれメッシーと小梅ちゃんに差し出した。

 どちらも警戒を忘れたかのように喜んで食べていて、やはり策士かつマメだと思った。

 可憐もウインナーを口にする。

 噛むとパリッと皮が弾けて、中からじゅわっと肉汁があふれ出す。しかもとろとろになったチーズが中に入っていて、可憐は目を輝かせた。


「チーズが入ってる……!」


「お気に召しましたか」


「はい、もちろん」


「それはよかった」


 ふっと彼が笑う。


「さて、私の話ですが。私は、子爵家と言いつつも貧しい家の出で、アカデミーには奨学金で入りました。自分に剣の才能があることはわかっていたので、最初から騎士団長を目指していました。騎士団長になれば、貧しい生活から抜け出せると思っていましたから」


 絵本の王子のような容姿なのに案外苦労人なんだなと思いつつ、可憐は先を促すようにうなずく。

 早々に果物を食べ終わった小梅ちゃんも、なぜかうなずいていた。


「貴族が多いアカデミーですから、人脈を作るため友人をたくさん作り、剣術も血が滲むような努力をしました。女性にはたいそうモテましたが、スキャンダルにならないよう深い付き合いはしませんでした」


 失礼ながらそれも意外だと思う。

 アンドリューはいったん話を止め、串にささった皮つきのじゃがいもらしき小さなイモを軽く炙った。

 イモはすでに茹でてあるものらしく、上部に十字の切れ目が入っている。それを焚き火で炙り、切り分けてあったバターを切れ目に入れて可憐に渡した。

 炙られた皮の香ばしさとイモのほくほくした食感と甘み、熱で半分とろけたバターの塩味が絶妙で、可憐は夢中になって食べた。

 可憐が食べ終わるのを待って、アンドリューが再び話し始める。

 

「私のそんな涙ぐましい努力をよそに、ジークのやつは涼しい顔でいつも私の前にいました。裕福な侯爵家次男としてすでに出来上がった人脈を持ち、口数が少なく愛想がないのに人の信頼を得るのも上手い。さして勉強していた様子もないのに座学では勝ったことがありません。剣術に関しては相当努力をしていた様子ではありましたが」


「そうなんですね」


「正直なところ、腹の立つ男だと思っていましたが……多くのものを得ているということは、それだけ幼い頃から努力を重ねてきたのだろうと思っています。出自や才能だけの問題ではないのだと」


「そういう考え方は素敵だと思います」


 決して卑屈ではなく、相手も努力してきたのだろうと認められる性格に好感を持った。


「お褒めいただき光栄です」


 うれしそうにアンドリューが微笑する。


「在学中に、私の実家は没落してしまいました。父が領地の赤字をどうにかしようと、無理な投資に手を出してしまったようです。小さな子爵領を手放し、父は子爵ではなくなりました」


 どこか遠い目をして、彼が語る。


「没落貴族に用はないと離れていく者、同情する者、どう接していいのかわからない者、様々でした。あからさまに馬鹿にしてくる者もいましたね。ああ、そういえばジークは何も変わりませんでした。いつも通り必要なことしか言わない、愛想のない男でしたよ」


 そう言う彼の顔は決して不快そうではなく、むしろ少しうれしそうである。

 やっぱり仲がいいんだな、と思う可憐だった。


「もしかして……アンドリュー卿が望んでいることは、その子爵家のことですか?」


「さすがはカレン様。その通りです。……聖女の夫となれば、相応の地位を授かることができるのです。ですから……子爵家を再興できるのではないかと……」


 珍しく歯切れが悪い。

 彼が視線を伏せた。


「ただ、カレン様が次々と試練を乗り越えていると聞いて、最近ではそれも揺らぎはじめています。この国のために頑張ってくださっている女性を利用して子爵家を再興したところでそんなものに価値があるのかと、自分を恥ずかしく思うようになりました」


「お話はわかりました。話してくださってありがとうございます」


 アンドリューが顔を上げる。


「なぜ私に近づこうとするのか不思議でしたが、わかってすっきりしました」


「貴女を利用しようとして申し訳ありませんでした」


 可憐が首を振る。


「多かれ少なかれ、みんな自分の利益を追求するものでしょう。それに、あなたは叶えたいことのために非道なことをしたわけではないので、まったく気にしないです。むしろ荒野で助けてくださったことに感謝しています」


 可憐が笑顔を向けると、彼はまた下を向く。

 ゆるく波打つ金色の髪が炎に照らされ、オレンジ色に輝いた。


「……カレン様。私はあなたを利用しようと近づきましたが、今はその時とは気持ちが違います。今ではそんな自分を恥じていますし、あなたのことを心から尊敬しているのです」


「ありがとうございます」


「それに……その……」


 彼が何かを言いかけ、口をつぐんだ。


「……いえ。女性騎士が恐ろしい顔でこちらを見ていますし、今日はこれまでにしましょう。約束は約束ですから」


「? はい」


「では、私はこれで失礼いたします」


 そう言って立ち上がり、アンドリューは去っていった。

 


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