第27話 最後の神殿


 国をぐるりと一周するように旅をしてきた可憐たち一行は、王都の近く、国の真ん中付近まで戻ってきた。

 最後の神殿は『光の神殿』。

 王家が厳重管理する森を抜けた先、花が美しく咲き乱れさらさらと小川が流れる天国のような場所にそれはあった。

 可憐たちが神殿へと続く白い砂利道を進むたびに、まるで祝福を授けるかのように色とりどりの花びらがふわりふわりと宙に舞う。

 目の前の大きな神殿を見上げれば、その白い壁は真珠の粉でもちりばめたかのように輝いていた。

 あまりの美しさに、可憐は息をのむ。

 夢心地で扉に手をかけたとき、ふっと現実に引き戻された。

 いよいよ、最後の試練なのだ。

 湧き上がる緊張感を押し戻すかのように、可憐は口元に笑みを浮かべた。


「じゃあ、いつも通り頑張ってきます」


 振り返り、ジークたちに笑顔を向ける。


「……どうかお怪我などなさいませんよう」


「ここで応援してますからねぇ」


「行ってらっしゃいませ、聖女様!」


「わん!」


「イッテラッシャーイ」


 三人と一匹一羽に手を振って、神殿に入る。

 中はほどよく暖かく、どこからともなくふわりと花の香りがした。

 中央のドーム状の屋根には美しいステンドグラスがはめ込まれており、そこから降り注ぐ色鮮やかな光が白い床を彩っている。

 ここには今までの神殿のように聖壇はない。

 だが、今までで一番強く女神の気配を感じる。

 可憐はステンドグラスの模様を映すその床に座り込み、手を組んだ。


「聖女可憐、最後の祈りを捧げに参りました」


『よく来たな。いよいよ、これで最後じゃ。寂しいのう』


 女神の声が響く。

 その声音は本当に寂しそうで、今までさんざんな目にあわされてきたというのに、なぜか可憐の胸に迫るものがあった。


『今までよう頑張ったな。そなたを選んだわらわの目は確かであった』


「女神様……」


『さて、最後の試練じゃが』


 その声に先ほどまでの寂しさはない。むしろどこか楽しそうにも思える。

 嫌な予感がした。


「は、はい」


『そうじゃのう、やはり最後の試練と言えばかつての己を超える! というのが定番であろうな』


 最後の試練がどんなものか、この時点でなんとなく予想がついた。

 だが。


『出でよ闇聖女、黒狼、魔鳥』


「ええっ!?」


 女神の呼びかけで、第一の神殿で戦った黒狼、第三の神殿で戦った魔鳥、そしてなつかしい体型の可憐が出てくる。


『安心するがよい、あれらは実体のない幻のようなものだ。倒したところであれらの元となったそなたたちに害はない』


 ありがたい話ではあるが、あまりの事態にそこまで深く考えていなかった。

 かつての可憐が出てくるところまでは想定の範囲内だったが、それに加えて魔獣まで出てくるのは完全に予想外。

 一対一でもあれほど苦労したというのに、あの三体相手に勝てるわけがなかった。


『ふむ、こうして見るとわが娘はずいぶんと体型が変わったな。あの闇聖女は聖女パンチを習得した頃のそなたじゃ。黒狼と魔鳥の強さも、そなたが戦ったときと同じだぞ』


「そ、そんなことより。さすがに三対一は無理です。厳しいとかじゃなくて無理です」


 袋叩きにされる未来しか見えない。


『まあそうであろうな。ならば一対一にしてやろう』


「ありがとうございます!」


 これで黒狼と魔鳥は消えると喜んだが。

 相変わらず黒狼はぽっちゃり可憐の隣でガルガル唸っているし、魔鳥はぐるぐると天井付近を飛んでいる。


「……あの。一対一にしてくださるのでは」


『そうじゃな。だからいったん外に出てあと二人、もしくはあと二匹呼んでくるがよい。誰を選ぶかによって勝率が変わるであろうな』


「それは三対三では」


『一対一を三戦じゃ。そなたが闇聖女に勝つのは必須、あとは黒狼か魔鳥どちらかを撃破できれば良しとしよう。そなたが助力を頼んだ者が黒狼と魔鳥どちらと戦うかは、わらわが決める。死にそうになったら止めてやるから心配はいらぬ』


 そう言われ、可憐は考え込む。

 メッシーや小梅ちゃんを連れてきて魔獣であった過去の自分と戦わせると、能力が同じだから決着がつかないかもしれない。


(やっぱり強さからしてジークさん? お願いするのも心苦しいけど……)


 そこまで考えて、首を振る。またいつもの悪い癖が出てしまった。

 彼は戦いが本分。必ず信頼に応えてくれる。だから、彼に頼んだ方がいい。


「わかりました。少々お待ちください」


 扉を開くと、ジークたちが驚いた顔をした。


「今回はお早いですね」


「いえ、その。実は女神様に……」


 そこで可憐はあることに気づく。

 なぜか、ジークたちと一緒にアンドリューがいたのだ。


「カレン様の最後の試練を近くで見守らせていただきたいと思い、参りました」


「あ、そうなんですね」


「追い返す理由もないので、一緒に待っていました。ところで、中で何かありましたか?」


「はい、実は……」


 可憐は今しがた女神に言われたことを、ジークたちに説明した。


「お話はわかりました。是非私に行かせてください」


 助力を頼む前に、ジークが言う。

 その頼もしさにきゅんとなった。


「わたしもカレン様のお役に立ちたいですけどぉ……実力からすれば」


「私だな」


 セーラの言葉を遮るように、アンドリューが言う。

 彼女の額に青筋が走った。


「わたしは副団長って言おうとしたんですけどー。なんで呼んでもいないのに来た部外者が立候補してるんですかぁ?」


「残念ながらそこの副団長よりも私の方が実力は格段に上だ。そこのペットも、魔獣同士では相性が悪いだろう。なら私しかいない」


「まあ悔しいけどそうっすねえ」


 イアンが苦笑いする。


「聖女様の試練が大事です。白騎士団長殿は腕は確かですから、ここはお任せします」


 セーラが頬を膨らませる。

 ジークが何も言わないということは、彼は反対ではないのだろうと思った。


「では、お二人にお願いします」


「承知いたしました」


「カレン様に私の華麗なる戦いをお見せいたします」


「ありがとうございます」


 再び扉を開け、三人で中に入る。

 闇聖女と魔獣の姿はない。いったん消したのだろう。

 二人は緊張している様子はなく、聖女しか入れない神殿の内部を物珍しそうに眺めている。


『よく戻ったな、わが娘よ。その二人の男が協力者だな』


「はい、仰る通りです」


 可憐が返事をすると、二人が不思議そうな顔をして周囲を見回す。


「カレン様、もしや女神様と会話を?」


「お二人には女神様の声は聞こえないのですか?」


 二人がうなずく。

 どうやら女神の声は可憐にだけ聞こえるらしい。


『ふむ……これはまた強そうな男たちを連れてきたものだ。しかもどちらも見目麗しいではないか。ふふ、わが娘も罪な女よのぉ。いけめん二人を手玉に取るとは』


「……何か誤解があるようですが、それよりも試練を」


 女神の声が二人に聞こえていなくてよかったと心から思った。


『ふ、そうじゃなぁ……そちらの藍色の髪の男はゴリラ並の腕力、金髪は性格も身のこなしも軽そうじゃ。相性からすれば藍髪が黒狼、金髪が魔鳥になるのであろうが、あえて逆にしてやろう』


「逆!?」


『藍髪が魔鳥と戦い、金髪が黒狼と戦うのだ。あと二人とも無駄に強そうだから魔獣をもう少し強化しておこう』


「そんな!」


『異論は受け付けぬ。そして、それぞれの戦いに他者が手を出せば失格とする。ほれ、二人に伝えるがよいぞ』


 可憐は渋々二人に説明した。

 魔獣が強化されていることと、対戦者以外が助力をしたら失格になること。どちらがどちらと戦うか。

 あえて相性の良くない方を指定されたことは伝えたが、当然、ゴリラ並や軽いといった言葉は伝えなかった。


「了解いたしました。問題ありません」


 ジークが表情を変えずに言う。

 いつも通り、彼は落ち着いていた。


「カレン様にようやくいいところを見せられると思うと、楽しみで仕方がありません」


 アンドリューが不敵な笑みを浮かべる。


「二人とも、なるべく怪我をしないでくださいね。怪我をしたら、私が治しますから」


「ご心配ありがとうございます。私はカレン様のほうが心配です」


「その通りです。……おや、初戦は私のようですね」


 再び、黒狼が姿を現す。

 アンドリューは笑みを浮かべると、すらりと剣を抜いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る