第25話 アイドル気分☆
「痩せた……」
宿の部屋に備え付けてある鏡を見ながら、可憐がぽつりと言う。
ここ数日、騎士を癒し続けた。もちろん初日のように心配をかけないよう、無理はせずほどほどのペースで重傷者から癒していった。
その結果、ぽっちゃり寄りの普通体型だった可憐は、痩せ型寄りの普通体型と言えるまで痩せていた。
(普通体型から痩せるのって大変らしいのに、こんなにあっさり。聖力おそるべし……)
癒しの力というのは予想以上にエネルギーを消耗するようだ。
(うーん、こうして見ると私ってやっぱり結構美人だよね)
真っすぐな黒髪は艶やかで、まぶたの肉がとれてぱっちりとした目が印象深い。鼻は高すぎず低すぎず、小さめの唇はふっくらとしている。
今までの自分も好きだったが、痩せてみると一般的に見ても美人と言えるほどになった。
だが、さほど喜びは感じない。
ジークは太っていても痩せていてもまったく態度は変わらないし、一緒にいると自分の体型の変化を忘れてしまう。
とはいえ、体が軽くなったことだけは素直にうれしい。以前のように歩いていても息切れしないし、階段の上り下りも軽やか。やはり太りすぎは体によくないのだとあらためて思った。
(個人的にはもうちょっとふっくらしてたほうが好きなんだけど……まあいっか)
これ以上痩せてしまうと逆に体力がなくなりそうなので、癒しの技はよほどのことがない限りしばらく使わないことにした。
(そんなことよりも……ああ、憂鬱……)
もうすぐやってくる時間のことを考えると、気が重くなる。
第四の神殿で女神と約束したことを果たす時がきていた。
第五の神殿へと向かう途中の小さな村。その外れの森の中にある広場に騎士たちが集まり、ささやかな宴会が開かれていた。
表向きは、騎士の慰労のため。もちろんそれもある。
だが、可憐にとって
空が茜色に染まる中、広場には酒を飲みつつリラックスしている騎士たちの会話や笑い声が響く。
そこに、意を決した可憐が現れた。
「お、聖女様だ」
「聖女様ー! 傷を癒してくださってありがとうございました。こちらで飲みませんか?」
可憐はふるふると首を振る。
「今日は……っ、皆さんに活力を与えるために、聖女の歌をお聞かせしようと思います」
「おおー、聖女の歌!」
「女神様から授かった能力ですね!」
「楽しみです!」
女は度胸、女は度胸と拳を握る。
「み、みんなのために、聖女可憐、歌います!」
ドS女神に指定された言葉を、叫ぶ。
あまりの恥ずかしさに涙目になった。
騎士たちが歓声をあげてくれたのがせめてもの救いである。
事前にジークに「これは女神様の試練なんです」と話をつけておいてよかったと心から思った。
とりあえず勢いが大事と、日本で流行っていたアップテンポでキーの高い曲を歌い始める。
最初は黙って聞いていた騎士たちも、やがて手拍子をしたり合いの手を入れたりと盛り上げてくれた。
(ノリのいい騎士団で助かった……騎士がある程度酔ってから登場したのも正解だったわ)
静まり返って真面目な顔で歌を聴かれたら耐えられなかったかもしれない。
さすがは実力主義の黒騎士団、バク転や宙返りで盛り上げてくれる騎士たちまで出てきて、可憐もだんだん気分が乗ってきた。
案外気持ちよく最後まで歌い切り、「みんなーありがとー」と手を振る。
沸き起こる大歓声に、二度目のアイドル気分を味わった可憐であった。
*****************
あちこちで、「なんか元気が出てきた」「擦り傷が薄くなったぞ」「聖女様すげぇ」といった騎士たちの声が聞こえる中、ジークは可憐からは少し離れた位置で木に背を預けて腕を組んでいた。
目をつむってはいるが、口元には微笑が浮かんでいる。
最初は恥ずかしそうに、最後は気分が良さそうに歌う可憐を思い出していたのだが。
「またカレン様のことを考えて一人でニヤニヤしていたな」
聞こえてきたその声に、眉根を寄せて目を開く。
いつの間にか宴会に参加していた白騎士団長アンドリューだった。
彼がワインを勧めたが、ジークは首を振る。
「任務中は飲まない」
「相変わらず頭の固い男だ。それにしても、カレン様はまた痩せてお美しくなられたな」
「今さら……。カレン様は最初からかわいい」
その言葉に、ワインを口に含んでいたアンドリューがむせる。
「まさか堅物ジークが女性をかわいいなどと言う日が来るとはな」
「ただの事実だ。それに、たかが体型で見る目や態度が変わるほうがどうかしている」
「はっ、さすがに耳が痛いな」
それには答えず、ジークは可憐に視線を移す。
今度は故郷を思う歌をしんみりと歌う彼女に、涙を流す騎士もいた。
「アンドリュー」
「なんだ」
「……私はお前が何を望んでいるかを知っている。お前のそういう野心家な部分は嫌いじゃない」
「……」
何事にも興味が薄いと言われてきたジークだからこそ、自分の野望をかなえるために懸命なアンドリューに自分にはない人間味を感じていた。
「だが、そのことにカレン様を巻き込むな」
視線を可憐に向けたままのジークが、重い気配をまとう。
アンドリューはふ、と笑った。
「カレン様を利用するな、と? ……わかった、ならばカレン様にすべて正直に話そう」
「何?」
ジークがアンドリューに視線を向ける。
彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「騙すようにカレン様に近づくのが気に入らないのだろう。なら、私の“野望”も正直に話すさ。それなら問題あるまい。判断するのはカレン様だ」
「……」
「では、カレン様と話してくる。本当は二人きりのデートの中で話したいところだが、どうせそれは許さないのだろう。だから、せめて人目のあるところで話す。邪魔しに来るなよ。少なくとも今は、カレン様はお前のものではないのだから」
アンドリューの言う通り、人目があるところで会話する程度のことを邪魔する権利はない。
自分が大いに公私混同している自覚があるので、よけいに口を出せるものではなかった。
「……カレン様の負担になるようなことは言うなよ。まだ旅は終わっていない」
「今告白するような真似はしないさ」
ひらひらと手を振り、可憐に向けて歩き出す。
ジークの口から、重いため息が漏れた。
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