第24話 肉!


(肉……!)


 熱々の鉄板の上で焼かれる鶏肉を見て、可憐は涙を流しそうになる。

 ジークが焼きあがった肉をきれいに切り分けて皿にのせてくれる。相変わらずマメで優しい人だと思った。


「どうぞお召し上がりください」


 調味料は塩とにんにくとレモン。

 王都では様々な種類の調味料が出回っているらしいが、地方ではそうでもないらしい。

 だが、こういったシンプルな味付けも好きだった。


「にんにくはお嫌いではないですか?」


「好きです。ニオイがちょっと気になりますけど」


「リントというハーブを浮かべたリンゴジュースを飲むとにんにくの匂いも気にならなくなりますよ。食後に注文しましょう」


 何から何まで気を遣ってくれる。この顔でこのマメさならさぞもてるだろうな、と思った。

 焼きたての鶏肉にすりおろしにんにくをうっすら塗り、塩を振りかけて口に運ぶ。

 まずにんにくの味がガツンと来て、パリッと香ばしい皮と塩がきいたうま味たっぷりの肉の味が口の中に広がった。

 汚い食べ方にならないよう気をつけながら、次々と口に運ぶ。

 そんな可憐を、ジークは微笑ましく見ていた。


「ものすごく美味しいです、鶏肉。力が湧いてくるようです」


「それはよかった。たまにはワインもいかがですか? この地方の名産なんです」


「いいですね……!」


 ジークが白ワインを注文してくれる。彼は任務中は飲まないらしく、レモン水を注文した。

 ワインは爽やかな酸味ですっきりとした味わいだった。

 今度は塩とレモンで味付けした鶏肉を食べ、ちびちびとワインを飲む。


「んー、美味しい。幸せです」


「美味いですね」


「ジークさんも鶏肉が好きだと言ってましたもんね」


「はい。憶えていてくださってうれしいです」


 あなたのことならなんでも憶えています、と言ってしまいそうになり、あわてて口をつぐむ。

 少し酔いが回ってきてるらしい。


「この国は、食べ物が美味しいですよね。正直なところ、そこにほっとしているんです。食事は大事ですから」


「そうですね。この国は女神の加護を受けた国なので、作物の育ちがいいんです。かの女神は、豊穣の女神なので」


 あの殺伐としたドS女神が豊穣の女神なのか、と思ったが、口に出しては言わなかった。


「作物の育ちがよければ人も家畜も増えますし、豊かになりますね」


「その通りです。また、この国の人間は食に対するこだわりが強いほうだと思うので、他国よりも食べ物が美味いと言われています」


「召喚されたのが食べ物が美味しい国でよかったー!」


 ジークが珍しく声をあげて笑う。

 美味しい肉とワイン、そして彼の笑顔に、可憐はただただ幸せを感じていた。


「それにしても、カレン様には本当に頭が下がる思いです。我が団の騎士を助けていただき、心からお礼を申し上げます」


「いえいえー。あ、前から思ってたんですけど、私ってどうも高潔な人間だと思われてそうですけど、違いますからね?」


「……と仰いますと」


「別に無欲でもないしー、感謝されるようなことをするのだって、結局自分がお礼を言われて聖女様と崇められるのが気持ちいいからそうしてるだけなんです。ただの俗物ですよ」


「感謝や賞賛を求めてのことだとしても、あなたが尊敬すべき人間であることには変わりないかと。むしろその程度のことで他人のために一生懸命になれる人間はそういるものではありません」


「ふふ、褒められすぎて照れますね」


 自分はいたって普通の人間だと可憐は思っている。

 どちらかと言えば善良寄りというくらいの、普通の人間。

 そんな自分を嫌いだと思ったことはない。

 幼い頃に父を亡くし、高校まで行かせてくれた母を在学中に亡くし、一度は抜け殻のようになったものの、その後は就職もしてそれなりに立ち直って生きてきた。

 母親の死をきかっけに過食と体重増加は加速したが、他人からどう見られようと、可憐は自分のことが好きだったし、むしろかわいいとさえ思っている。

 日本での人生にも、不満はなかった。

 日々美味しいものを食べながら、楽しく生きてきた。

 ただ、変化のない毎日を過ごす中で、このままあらゆるものを消費するだけの人生でいいのだろうかと考えることは時折あった。

 そんな中、可憐の身に突然ふりかかった異世界召喚というあまりにも非現実的な事態。

 ひどく戸惑い、王子に怒りは感じたものの、同時に特別な存在になれたという子供じみた喜びも感じていた。


(とはいえ、実際に『特別な存在』になってみると喜びより苦労が上回るわ。女神があんな性格のせいもあるんだろうけど。でも……)


 可憐の口元に、微笑が浮かぶ。


「ジークさんがいつも優しくしてくれて美味しいものを食べさせてくれるから、この世界で頑張っていられるし心穏やかに過ごせているんだと思います。ジークさんの優しさに感謝しています」


 それが任務のためでも構わない。

 彼の優しさは演技ではないとわかっているから。

 そう思って彼に視線を移すと、彼は真っ赤になっていた。

 その顔にまた心臓のど真ん中を撃ち抜かれる。


「……っ、そのように言っていただけて光栄ですが、私は優しい男というわけではありません。学生時代はむしろ冷たい男と思われていました。女性に対しても、態度は丁寧だが冷めていると」


「そうなんですか?」


 ふっと、彼が視線を下げる。


「冷たくしていた自覚もないのですが……ただ興味がなかったのでしょう。騎士に関しても、適性があったのでその道を選びましたが、それすら身を立てるすべでしかなかった」


「へー、ちょっと意外ですね」


「とはいえ、実際に騎士になってみて、この仕事は好きになりました。ただ様々なことに対して興味が薄い自覚はあります。何でも与えられてきたから何かを欲する気持ちが足りないのだと、揶揄やゆされたりもしましたね」


 何でも与えられてきたという言葉に引っ掛かりを覚える。

 平民が多い騎士団の団長だから勝手に平民だと思っていたが、それにしては質の良い教育を受けているように思える場面が多々ある。


「ジークさんはもしかして貴族だったりしますか?」


「侯爵家の次男です。とはいえ、後を継ぐわけではないので実家は関係ないのですが」


「そうだったんですねー。どことなく品がありますもんね!」


「……恐れ入ります」


 またジークが照れた様子を見せる。

 今日は酔ってしゃべりすぎているな、とぼんやりと思った。


「名前も、ジークは愛称で、本名はジークフリート・クレヴィングと申します。今まで本名を名乗らなかったこと、どうかお許しください」


 カッコイイ名前だなと思いつつも、あの場でその名を名乗られたら憶えきれなかったかもしれない。

 馴染みのない横文字の名を憶えるのは大変なのだ。

 実際にアンドリューの名も頭に入っていなかったし、青騎士団長にいたってはカレーっぽい名前としか憶えていない。

 ジークと名乗ったのは、彼なりの気遣いだったのだろうと思った。

 

「全然気にしないですよ。私だって花森 可憐ですけど可憐としか名乗っていませんし。あ、でもジークフリートさんやジークフリート卿と呼んだほうがいいですか?」


「カレン様がお嫌でなければ、どうか今のままで」


「わかりました。じゃあ今まで通りジークさんと呼びます。そちらのほうが呼びやすいし」


「はい。光栄です」


 どこかほっとした様子でジークが言う。


「本名もカッコイイですけど、やっぱりジークさんと呼ぶ方が親しい感じがして好きです」


 そう言うと、ジークがまた照れた顔を見せる。

 酔った勢いで少しだけ大胆になっている自覚はあった。


 肉をたくさん食べてすっかり元気になった可憐とジークは、夕暮れの道を二人並んで宿へと向かって歩いた。

 ほろ酔い気分で足元がふわふわして気持ちがいい。

 並んで歩く二人の距離も、いつもよりも近い。

 時折かすかに触れ合う手から、好きという気持ちが伝わってしまいそうな気がした。



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