第23話 癒しの力


 神殿を後にした可憐たちは、騎士たちを待機させている町へと急いで戻った。

 そして可憐はジークとともに、宿で休んでいた重傷者たちのもとへと向かう。

 最初に訪れたのは、野盗に腹を刺された騎士の部屋。意識はあるものの、油断できない状態ということだった。

 血に染まった包帯を腹に巻いてベッドに横たわっていた騎士は、ノックの返事のあとに入ってきたのが可憐だったことにたいそう驚いたようで、あわてて起き上がろうとする。

 だが力が入らないらしく、苦痛に顔を歪めてそのままベッドに倒れこんだ。


「起きないで、そのままでいてください」


「はい、聖女様。しかし、こちらへはなぜ……」


「女神様から癒しの力を授かりました。その力をあなたに使っても構いませんか?」


 騎士がうなずく。しゃべるのもつらそうである。


「では失礼します」


 可憐がベッドに近づき、しゃがみ込む。ジークは可憐の隣にきて、騎士の腹の包帯をハサミで切る。

 生々しい傷を直視できず、可憐は少しだけ目をそらした。

 可憐は騎士の腹に手をかざすと、騎士の傷が治るよう祈る。

 今までの聖女の技同様、力の使い方は自然とわかっていた。

 可憐の手が光り輝き、その光が傷口に吸い込まれていく。


「痛かったり、具合が悪かったりしませんか?」


「いいえ。むしろ痛みが引いて……!?」


 騎士が勢いよく起き上がり、自分の腹を見下ろす。

 傷跡すらなくなったそこを見て、感嘆の声を漏らした。


「す、すごいです聖女様! ありがとうございます! いやー死ななくてよかった!」


 命の危険もあったとは思えないほど軽い物言いに、可憐は苦笑する。


「治ってよかったです」


「感謝してもしきれません! 一生聖女様にお仕えします!」


「ありがとう」


 顔を輝かせる騎士の部屋から出ると、急に疲労感が襲ってきた。

 軽い眩暈がする。


「カレン様。お顔の色が悪いです。あとは明日にしましょう」


 ジークが心配そうな顔で声をかけてくる。

 可憐は首を振った。


「せめてあと一人……足を斬られてしまった人だけでも。時間が経つと足の動きを完全に回復できないかもしれません」


「ですが……」


「私の命を削るようなものではないと女神様も仰っていました。だから大丈夫です」


「……わかりました」


 あと一人だけで終えてくださいと念を押された後、足を斬られた騎士の部屋に入る。

 彼は負傷して倒れこんでいた夜盗に背後から足首を斬られ、腱と骨を損傷して歩けなくなってしまっていた。

 女神から治癒の力を授かったことを伝え、戸惑っている騎士の足に手をかざす。

 可憐の手から黄金色の光があふれ、騎士の傷をみるみる修復していった。

 治癒を終えた可憐が手を離す。


「どうですか。足は、動きますか」


 騎士がおそるおそるといった様子でベッドから足を下ろし、立ち上がる。

 そして涙を流した。


「動き……ます。立てますし、痛みもありません。本当に……ありがとうございます……」


 騎士が片手で目元を覆う。


「申し訳ありません、こんなみっともない姿を。騎士である以上、再起不能な怪我も当然覚悟しておくべきことです。ただ……引退しなければならないと思っていたので、あまりにもうれしくて……」


「いいんですよ。治ってよかったです。ゆっくり休んでくださいね」


「カレン様、私からもお礼申し上げます」


「いえいえ。じゃあ、行きましょうか」


 深々と頭を下げる騎士の部屋を出る。


「じゃあ私は部屋に……」


 戻ります、と言おうとして、目の前が一瞬暗くなる。

 倒れそうになった体を、たくましい腕が支えた。


「やはり無理をなさっていたのですね」


 低い美声がすぐ近くで聞こえる。

 切なげに揺れる瞳もいつもより近い。

 恋人がいたことがない可憐にとっては、強すぎる刺激だった。


「だ、だい、大丈夫です。一瞬めまいがしただけですから……その……」


 みるみる真っ赤になっていく可憐にはっとして、ジークが手を放す。


「大変失礼いたしました」


 顔をそらすジークの耳も、やはり赤くなっていた。


「い、いえ……」


 静まり返る廊下。

 激しく脈打つ心臓の音を聞かれてしまいそうで、可憐はどうしていいのかわからない。

 ちらりと彼を見ると、目が合った。蝋燭の明かりを映す青い瞳が、あまりにもきれいで――


 ぐぅぅぅぅぅぅ


 可憐の腹から、場違いなほど盛大な音が響く。

 別の意味で真っ赤になってしまった。

 ムードぶち壊しだと思いつつも、腹からの抗議の声は鳴りやまない。

 ジークが優しく微笑した。


「聖力をたくさん使ったので、エネルギー不足のようですね。町に美味い鶏肉を出す店があるそうですが、これからいかがですか?」


「鶏肉料理! 行きます!」


 即答すると同時に、再び可憐の腹が盛大に鳴った。



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