第35話 大神殿
可憐は気乗りしないながらも、セーラとともに大神殿を訪れた。
王宮と大神殿は近いため、用意された馬車に乗ってすぐに着いた。
馬車はいらなかったのではと思ったが、聖女に大神殿まで歩かせるわけにもいかなかったのだろうと一応納得する。
さすがに「大」がつくだけあって、大神殿は可憐が見てきた女神の神殿の数倍は大きかった。
王宮ほどきらびやかではないが、眩しいほどに白い重厚な建物はまさに大神殿の名にふさわしい。
金で装飾された豪奢かつ巨大な扉の前に着くと、扉を守るように立っていた白騎士二人が恭しく頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました、聖女様」
「中へご案内いたします」
「ええ」
両開きの扉を二人が開け、足を進める。
可憐が神殿の中に入ったところで、白騎士二人が扉の前に戻った。
可憐の後ろを歩いていたセーラを遮るように。
「護衛の黒騎士の方はここまでになります」
「わたしは陛下からも許可をいただいている聖女様の護衛です」
「それは承知しております。ですが、大神殿の中へ入れる騎士は白騎士のみ。神殿内における警護は我ら白騎士にお任せください」
セーラが何かを言いかけたのを、可憐がわずかに手を上げて止める。
大神殿は規則にうるさく、また王家の権力が及ばない部分もあるのだと、王宮の可憐付きのメイドが教えてくれた。
可憐にとってもセーラが側にいてくれたほうがありがたいが、そのためにセーラが神殿から目をつけられたり罰せられたりするようなことがあってはならない。
大丈夫だから、というように目配せをした。
「……ここでお待ちしております、聖女様」
「ええ。すぐに戻るわ」
セーラに背を向けると、背後で扉が閉められる。閉じ込められたような不快感を覚えた。
神殿内部は恐ろしいほどしんとしており、広いホールには人影すら見えない。
誰が案内をしてくれるのかとあたりを見回したとき、正面の扉が開いた。
そこから出てきたのは、大神官ではなく見慣れた人物。
金糸の刺繍で彩られた白い騎士服を着たその人物――アンドリューは、目が合うとかすかに微笑した。
「聖女様。お待ちしておりました」
ジークのときと同じように、見慣れた旅装ではなく騎士団長としての姿をあらためて見ると、威厳のようなものを感じる。
表情もどこか違って見えて、これが「騎士団長としての顔」なのかもしれないと思った。
「祈りの間へご案内いたします」
「ええ。よろしくお願いします」
旅のときのように親しげに話しかけてくることもなく、可憐を先導するアンドリュー。
静まり返った建物の中で白いマントを見つめながら無言で歩いていると、なぜか緊張してくる。
こちらから何か話しかけるべきかと思ったそのとき。
「神殿内に人が少なくて驚かれたことでしょう」
考えを読まれたようなタイミングでドキッとする。
だがつとめて冷静を装った。
「そうですね。いつもこうなのですか?」
「いつもはもっとたくさんの神官がいます。ですが今日は聖女様がいらっしゃるので、神殿の外に配置している警護の白騎士以外は最低限の人間しかおりません」
「なぜですか?」
「試練をすべて乗り越えられた聖女様は、この世における女神も同然。女神様にお仕えしてまだ日の浅い下級神官たちは、気軽に聖女様のご尊顔を拝してはいけないという規則です」
「ええ……? 私は普段から顔を隠しているわけでもないし、普通に生活してる普通の人間ですけど」
アンドリューが吹き出したように小さく笑う。
大神殿所属の白騎士団長ではなく、旅で見てきた素顔のアンドリューを感じてどこかほっとした。
「明け透けに言ってしまえば、位の高い神官だけが女神様の娘たる聖女様に直接お会いできるのだという、特権意識からできたどうでもいい規則です。神に仕える身である神官ですが、その内情は実に人間らしくドロドロしたものです」
毒舌なアンドリューに、今度は可憐が笑う。
この口ぶりだと、白騎士と神官というのは共に神殿に所属しながらも一枚岩ではないのかもしれないと思った。
「私の中に神性を見出されても、そしてそれを利用されても、正直なところ困ります。これから美味しいものをたくさん食べながら悠々自適に暮らそうと思っているのに。私はそういう俗っぽい、ただの人間なんです」
アンドリューが足を止める。
いつの間にか大きな扉の前に来ていて、目的地に着いたのだろうと思った。
振り返った彼は、いつもの微笑を浮かべている。
「それでこそカレン様です。あなたは神官たちに好き勝手に
さらりと愛らしいと言われ、動揺する。
アンドリューは小さく笑うと、扉をノックした。
中から返事が聞こえ、彼が扉を開ける。
だだっ広く殺風景な部屋の中にいるのは、アンドリューの言う「位の高い神官」とおぼしき十名ほどと、正面奥の女神像の足元に立つ大神官。
大神官が、にっこりと笑った。
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