第36話 その言葉
「ようこそいらっしゃいました、聖女様」
大神官の言葉に、うなずく。
アンドリューが入り口近くに留まったため、一人で奥に向かって足を進めた。
両脇に立つ神官たちの視線をさらに感じる。
王宮の謁見の間での素直な驚愕や好奇心に満ちた視線とざわめきなどかわいいもので、無言で値踏みするように見られることがいかに不快かを思い知った。
(アンドリュー卿が神官についてあんな感じで語ったのもわかる気がする)
女神像の前に着くと、大神官が頭を下げた。
「では、聖女様。さっそくですが、この女神像に祈りを捧げていただけますか」
そう言われても、五つの神殿と違ってこの女神像からは女神の気配を感じない。
ただ、その足元に設置されている五つの珠――宝珠からは、神殿と同じ空気を感じた。
ひとまず言われた通り、手を組んで祈る。
次の瞬間、宝珠がそれぞれ赤、黄、緑、青、金に光り輝いた。
神官たちの間でどよめきが起こる。
「おお、なるほど……!」
「本当にすべての試練を……」
神官たちのその言葉を聞いて、今の祈りは女神に対するものではなく、五つの力を手に入れたことの証明か何かだったのだろうかと思った。
黙って試されたことは面白くなかったが、あえてそこには言及せず「祈りは通じたようですね。では私はこれで失礼します」と踵を返す。
「聖女様、お待ちください。この後、聖女様をおもてなしさせていただく予定で……」
大神官があわてて引き留める。
可憐はいったん足を止めた。
「お心遣いありがとうございます。そのお気持ちだけでじゅうぶんです。果たすべきことは果たしましたので、これで失礼させていただきます」
可憐が扉の側まで来ると、アンドリューが扉を開けた。
その表情は、どこか面白がっているようにも見える。
「アンドリュー卿。止めてください」
命令ともとれる大神官の言葉にも、アンドリューは動かない。
「私は女神様の
彼が味方をしてくれるのがうれしい反面、こんなに堂々と大神官に逆らって大丈夫なのかと心配になった。
可憐は扉をくぐらず、体ごと振り返る。
「大神官様。なぜ帰ろうとする私を引き留めようとするのですか。私の意思を尊重する気はないと?」
「いいえ、決してそのような……!」
「私は旅に出て祈りを捧げ試練を乗り越え、この国を守りました。そして陛下の要請に従って、大神殿の女神像で祈りを捧げました。聖女としての責任をすべて果たしたつもりでしたが、まだ何かすべきことがあるのですか?」
「……いいえ。そのようなことは……ございません」
縁もゆかりもないお前たちの国のために頑張ったのに贅沢にもまだ何か望むのか、ということを丁寧な言葉で伝えた。
「私は女神様の恩寵を受けた身。どこにいようと、女神様は私を温かく見守ってくださっていることでしょう。皆様にも女神様の祝福があらんことを」
私に逆らうということは女神様に逆らうということ、女神様は聖女に逆らうお前たちを見ているんだぞ、という脅しだったのだが。
宝珠から温かい何かが流れ出てきたと感じたその瞬間、可憐の体に光の粒が降り注いだ。
「……これは。女神様の祝福?」
その力はたしかに女神のもの。
可憐のこの状況を感じ取って助けようと思ったのか、ただの愉快ないたずらか。真意はわからないが、うれしかった。
神官たちからどよめきが起こる。
「こ、この光は……!?」
「なんと神々しくまばゆい……」
「め、女神様……女神様はやはり聖女様を通じてすべてをご覧になっているのだ……!」
神官たちが一斉に膝をつく。大神官ですら、気が抜けたようにその場に膝をついた。
「では皆様、ごきげんよう。アンドリュー卿、入口まで案内してください」
「はっ。光栄です」
今度こそ、可憐を止める者はいなかった。
アンドリューの先導でひと気のないところまできて、ようやく可憐は足を止めて力を抜いた。
彼が振り返る。
「お見事でした、カレン様。そしてありがとうございます。私を守ってくださったのでしょう」
「こちらこそありがとうございます。それよりも、大神官に逆らって大丈夫ですか?」
「大神殿のトップは大神官様ですが、先ほども申し上げた通り私が真にお仕えするのは女神様です。それに私をクビにできるものならしたらいいのです。私以外に白騎士団をまとめられる者などいないと自負しておりますから」
そう言って片目をつむる。
いつも通りの彼で、ほっとした。
「結局彼らは何をしたかったんでしょうね。嫌な予感がしたのでさっさと帰ろうとしたんですけど」
「それで正解かと思います。あのまま神官たちのもとにいたら、神殿に住むことや美形の高位神官との見合いを提案されたりと、くだらない話を長々と聞かされたことでしょう」
「うわー、話を聞かなくて正解でした」
アンドリューが小さく笑う。
「あなたは本当に魅力的な方です、カレン様。見た目の美しさだけではない、こんなにも強く優しく楽しい女性を、私はほかに知りません」
「えーと……ありがとうございます」
情熱を感じさせる目で見つめられ、可憐は落ち着かない気持ちになる。
「……お見送りはここまでで大丈夫です。では失礼しますね」
歩き出して彼を追い越したところで、「カレン様」と声をかけられる。
足を止めるべきかそのまま進むべきか迷ったそのとき。
「あなたが好きです」
アンドリューのその言葉の意味を理解すると同時に、心臓が激しく動き出した。
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