第34話 謁見
艶やかな黒髪を薄いヴェールで覆った、白い衣装の女性――可憐が足を進めるたびに、ざわめきがさざ波のように広がっていく。
王子はまじまじと可憐を見つめながら、「それは誰だ?」と首をかしげた。
「……聖女カレン様でございます」
どこか不機嫌そうな声で、ジークが言う。
「そんな馬鹿な。ありえないだろう。召喚したときは」
「黙らぬか、アレックス」
また余計なことを言う前に、王が止める。
ジークをはじめとする黒騎士団の対応が変わらないので、可憐自身は体型以外はそこまで変わったとは思っていなかった。
ぽっちゃりな自分もかわいいと思っていたし、一般的に見ても美人になったんだろうな、といった程度。
だが、規則正しい三食生活と長旅、そして聖力のおかげでやや痩せ気味の体型へと変貌していた可憐は、しばらく会っていない人間にとっては別人に見えるようだった。
艶やかな黒髪に、健康的な食生活ゆえにさらに美しくなった肌。
くりくりと愛らしかった瞳は、肉がなくなった分さらに大きくぱっちりと目立っている。
なおかつ、今は化粧をしていて、目じりに引いた跳ね上げるようなラインが、なんともいえない色気を醸し出していた。
小ぶりな鼻と唇は変わらないが、頬に肉がなくなった分、その愛らしさが際立つ。
ズドンとして境目のなかった体は、胸の大きさはそのままにウエストはほっそりとくびれている。当然腕も細くなっているが、たるみもない。
可憐は王子の大好きな「スレンダー美人」になっていた。
王子は、食い入るように可憐を見つめている。
ジークが小さなため息を漏らした。
「まずは、聖地巡礼の旅、ご苦労であった。聖女殿のおかげで我が国は守られた。心から感謝する」
王が礼を述べる。
可憐が美しくなったことは王にとって重要ではないためか、あるいは最低限の礼儀か。そこには言及しなかった。
「恐れ入ります。ひとえにジーク卿をはじめとした黒騎士団のおかげです。白騎士団長アンドリュー卿にも助けていただき、多くの人の協力をもってこの通り無事に聖地巡礼の旅を終えることができました」
「本当によくやってくれた。金銭面については、当初の約束通り……いや、さらに上乗せしよう。国の安寧の対価としては安いものだ」
上機嫌に王が笑う。
やはりケチではないようで、可憐は少しほっとした。
「それにしても、祈りを捧げて結界を強化するだけでなく、試練をすべて乗り越えるとは。驚いたぞ。本当に見事だ」
「なぜ皆様は、それをご存じなのでしょうか?」
王が脇に控える大神官に視線を送る。
大神官が恭しく頭を下げた。
「大神殿には聖域の各神殿とつながっている宝珠がございます。その宝珠の光で、祈りや試練についてわかるのです。結界を強化し、すべての試練を乗り越え、美しさまでも手に入れられた聖女様は、この国の象徴であり宝でございます」
このルッキズム大神官めよく言うわと思ったが、会話するのも面倒なので何も言わない。
「ところで、試練を乗り越えてどんな力を授かったのかな?」
王の質問に、可憐は少し黙る。
どうやらどんな力を授かったかまでは神殿ではわからないらしい。
正直なところあまり言いたくなかったが、黙っていてあれこれ探られるのも厄介である。
「はい。女神様から授かったのは、聖女パンチ、聖女バリア、聖女の歌、癒しの力、女神の味噌醤油でございます」
「ちょっと待て。他のものはなんとなくわかるが、最後のはなんだ」
「故郷を思う私に、女神様が故郷の料理や調味料の作り方を伝授してくださいました」
異世界の武器の作り方までもがわかるとなれば、その力を利用しようとする者が出てくるかもしれない。
それだけは避けたかった。
「最後に授かる力が最も大きいと言われています。二百年前の聖女様は女神の幸運を授かり、周囲の人間に強運を与えたのだとか。それが料理や調味料とは……?」
大神官の疑問はもっともだったが、可憐は本当のことを話すつもりはない。
「私の故郷は美味しいものであふれています。この力は、きっとこの国の食生活をより豊かにしてくれることでしょう。そうすることで、国民がさらに幸福を感じることができるのですから、決して小さな力とは言えないはずです」
「ふむ……」
国王が
「そなたがそう言うのなら、それで納得しよう」
可憐が本当のことを隠していることに気づいているのかもしれないが、王はそれ以上は追及してこなかった。
国王として最良の結果を手に入れたのだから、それ以上は望まないという意思表示なのかもしれないと思った。
王の言葉を受け、大神官も口をつぐむ。
「さて、聖女殿は長旅で疲れたであろうから、今日はこれまでにしよう。ゆっくりと休んでほしい。住む家に関しては聖女殿の希望を取り入れつつすぐに用意しよう。それまでは王宮に滞在してくれ」
「……承知いたしました」
王宮に寝泊まりするのは気が引けるが、他に行くところもないので仕方がない。
「黒騎士団長も道中の警護、ご苦労だった」
「恐れ入ります」
「その警護の件ですが。王宮にいる間、警護は気心の知れた黒騎士団所属の女性騎士セーラにお願いしたいのですが」
扉近くに控えていた青騎士団長が小さく声を漏らす。
「ふむ……まあよかろう。聖女殿の隣の部屋に待機できるよう手配しよう。黒騎士団長、その女性騎士の資料を提出するように」
「承知いたしました」
黙っていたら、おそらく王宮内での警護は青騎士団になっただろう。
下手したら、青騎士団長がウロウロついてくるという事態になったかもしれない。
ひとまず警護に関してはこれで安心と胸を撫で下ろした。
王への謁見も無事済ませ、ようやくすべてが終わったと思っていたが。
「聖女殿。疲れているであろうが、明日大神殿で祈りを捧げてきてくれ。それが終われば、聖女殿は自由だ。家や金の手配をすぐに始めよう」
大神殿。つまりあの大神官のお膝元。
ちらりと大神官に視線をやると、笑みを向けてきた。最初と態度が違いすぎると、げんなりする。
なんとなく視線を感じてその横の王子を見ると、可憐をギラギラした目で凝視していることに気づいた。
(うわっ、なにあの目。きもちわる……)
まだまだ面倒なことは残っていそうだと、可憐はため息をついた。
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