第16話 白騎士


 町の食堂で夕食をとり、そのまま徒歩で宿に向かった可憐たちは、宿の前に誰かが立っていることに気づいた。

 宿の前は待ち合わせ場所にも使われるため、それ自体は珍しくはない。

 だだ、薄闇の中に静かに佇む男は、ひどく目立っていた。

 ゆるく波打つ金髪に、均整の取れた体つき。そして外套からちらりと覗く長剣。風体は冒険者のようであるが、立ち姿にどこか品がある。

 町の少女たちがすれ違いざまに彼の顔をちらちらと見て、頬を染めてヒソヒソと囁き合った。


「……なぜ貴殿がここにいる」


 やや不機嫌そうなジークの声に、男は顔を上げ、可憐たちのほうを見る。

 可憐はその顔に見覚えがあった。


「やっとお会いできました、聖……いえ、カレン様」


 白騎士団長。

 頭に浮かんだのは、その言葉だった。


(名前、なんだっけ……。たしかあんドーナツ的な名前だった気がするんだけど。そもそも何をしにここに来たの?)


 白騎士団長がにこりと笑う。


「お久しぶりです、カレン様。さらにお美しくなられていて驚きました」


「……お久しぶりです」


「私の質問に答えていないが」


 いつものジークとは違う冷たい声色に、可憐はひやりとする。

 白騎士団長は臆するでもなく、おどけたように肩をすくめた。


「なぜって決まっているだろう。カレン様を追いかけてきたんだ」


 ジークはため息をつくと、宿の横の路地に視線を向けた。

 往来で詳しい話をするわけにはいかないので、そこに行けというように。

 白騎士団長は素直に従い、路地に入って行き止まりの塀に背を預けた。

 ジークが白騎士団長の目の前に立つ。


「カレン様は我ら黒騎士団を選ばれた。白騎士団長である貴殿の出る幕ではないはずだが、アンドリュー卿」


 ジークの言葉に、可憐はようやく彼の名前を思い出す。


「白騎士団長として来たわけではない。ただのアンドリューとして来ただけだ。大神官様の許可も得ている」


 白騎士団は神殿所属だという。

 あの無礼な大神官が許可を出したということは、旅が上手くいきそうだから今のうちに聖女とつながりを作っておこうという魂胆だろうと思った。

 初対面のときの表情から、アンドリューは可憐個人には興味がないことはわかっている。


「今さら来られても混乱を招くだけだ。お帰り願おう」


「私は私の好きにさせてもらう。ずっと共に行動しようとは思っていないし警護の邪魔になるような真似もしない。ただカレン様のお傍にいたいだけだ。いくら貴殿がカレン様の警護責任者でも、私に命令する権限は持っていまい」


「……」


 ジークの瞳が鋭くなる。


「えーカレン様を勝手に追いかけてきてお傍にいたいとか、引くんですけどぉ」


 アンドリューが不快そうにセーラを見るが、彼女は鼻で笑って「ストーカーですかぁ?」と畳みかける。

 イアンがこらこら、とたしなめた。


「白騎士団長殿相手に失礼だぞ、セーラ。ただ……たしかに白騎士団長に命令できるのは陛下と大神官様だけですが、これはマナー違反ですよね? 選ばれなかった騎士団の方は身を引くのが礼儀だと思いますが」


 イアンが真剣な表情でアンドリューを見据える。

 普段はおちゃらけていてもやはり副団長なのだと思った。


「ふ、なんとでも言え。お前たちに私の自由を阻害する権利はない」


「では私が帰ってくださいと言ったら帰りますか?」


 可憐がそう言うと、アンドリューは大げさに悲しそうな顔をする。


「あなたを慕う男にそのように辛辣なお言葉をおかけになるとは。つれないお方だ」


「私個人に興味があるようには見えませんが」


「それはカレン様の勘違いですね」


 アンドリューはジークの横をすり抜け、可憐の前で足を止めた。

 すかさずセーラが間に入る。


「やれやれ、カレン様を付け狙う犯罪者扱いか。ここはいったん退散しましょう。どうか私の気持ちをお疑いなきよう、カレン様」


 そう言いながら片目をつむる。

 そんな格好つけた仕草がやけに様になるその男は、路地を出て去っていった。


「あきらめるつもりはなさそうっすねえ……」


「しつこい男って気持ちわるーい」


 二人の言葉に、可憐は天を仰いだ。



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