第17話 わるいこと
白騎士団長アンドリューは、宣言通りずっと行動を共にする気はないようで、朝になって可憐たちが町を出立する際も姿を現さなかった。
ひとまず胸を撫でおろす。
馬車に乗る前は周囲を多少気にしていたジークも、馬車が次の町に向けて動き出した頃にはいつも通りの彼になっていた。
「カレン様。ご不便は感じていませんか? 何かなさりたいことなどはないでしょうか」
「はい、特に不便なことなどはないです。やりたいことは、そうですねえ……」
したいことと言われるとだいたい何かを食べることを考えてしまう。
それ以外にやりたいことと言えば。
(ジークさんとデート……って、何考えてるの!)
頭に思い浮かんだ言葉をかき消すように、可憐が首を振る。
そんな彼女をジークは不思議そうに見つめた。
(今は恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃない。まずは試練を終えることを考えなきゃ)
試練をまだ二つ控えている状態で、そこにのめり込んでしまうのは怖かった。
心が弱くなってしまいそうで。
だから、聖女としてすべての試練を終えるまではこの気持ちに蓋をすることに決めていた。
「カレン様?」
不自然に黙り込んでしまった可憐に、ジークが問いかける。
肩に乗っていた小梅ちゃんも「カレンサマ?」と真似をする。その声がやけにジークに似ていて、複雑な気持ちになった。
「あ、やりたいことですね。えーと、ポテチが食べたいです」
結局また食べ物の話になってしまったが、頭に浮かんだのがそれなので仕方がない。
「ぽてちとはどういうものですか?」
「イモをうすーく切って揚げて、塩を振ったものです」
本当はコンソメ味が一番好きだが、それは手に入らないので塩ということにした。
「聞く限りでは難しくなさそうですね。次の町でオリーブオイルを手に入れて、……もしよければ、一緒に作ってみませんか?」
「わあ、是非!」
「では次の町の宿で厨房を借りられるよう手配しますね」
「はい、楽しみです!」
ジークはこうして可憐の希望を聞き出したり、可憐が好みそうなことを調べて実現してくれる。
それは少しでも快適な旅になるよう、またリラックスできる時間を作れるよう、最大限に気を遣ってくれているからだろう。
可憐は「ぽちゃ専だからあれこれ食べさせてくれるのでは」と考えた自分を恥じた。
可憐が一番喜びを感じることが食べることなので、そうなっていただけだというのに。
「ジークさん、いつもありがとうございます」
「いえ、私も楽しみですから」
微笑みあう二人に、小梅ちゃんがセーラそっくりの「ムフフゥ」という笑いをもらす。
メッシーは相変わらずマイペースで、可憐の足元で鼻をピーピー鳴らしながら寝ていた。
客室の灯かりが、一つ二つと消える時間。
可憐とジークは、宿の厨房にいた。
まな板の上にはジャガイモによく似た丸みのあるイモが転がっており、鍋にはオリーブオイルが満たされている。
「これを薄く切ればいいのですね」
「はい。薄ければ薄いほどいいかと思います」
ジークがまな板の上のイモを薄く切っていく。
彼は器用なようで、まな板の色がうっすらと透けて見えるほど薄く、しかも均等な厚さでスライスしていく。
「わぁ、ジークさんお上手ですね。もしかしてお料理が得意なんですか?」
目を輝かせる可憐に、ジークは小さく笑いを漏らす。
「いえ、まったく。刃物の扱いに慣れているせいかもしれません」
「すごいですねえ」
ジークがあっという間に切り終えたイモを、可憐がボウルに張った水に入れていく。
しばらく水にさらし、ザルで水切りした後、二人でイモの水分を紙に挟んで取り除いていった。
そしてオリーブオイルで揚げていく。
「イモの色が変わって泡が出なくなったら取り出します」
「承知しました」
美味しそうな色に染まったイモを、軽く油を切って紙の上にのせていく。
そうして何度も揚げ、塩を振って山盛りのポテトチップスが完成した。
「美味しそうにできましたね~」
「揚げたイモは食べたことがありますが、このように薄いのは初めてです」
「じゃあ早速食べましょう!」
二人で食堂へ移動して席に着き、ポテトチップスを食べ始める。
パリパリポリポリという音が、二人だけの薄暗い食堂に響いた。
「美味しい! ポテチを食べられるなんてうれしいです。オリーブオイルの風味がいい感じ」
「ぽてち、美味しいですね。好きな味です。揚げ物なのに軽くていくらでも食べられてしまいそうです」
「ふふ、そうですね。でもこうして薄暗い食堂で夜中におやつを食べていると、ちょっとだけ悪いことをしている気分になります」
「悪いことですか。……では、二人だけの秘密にしましょう」
そんなことを言いながら、ジークがふっと微笑する。
可憐の心臓が大きく跳ねた。
(気持ちに蓋を……蓋をしなければ……)
とはいえ、彼はおそらく無意識に時折こうして大ダメージを与えてくる。
これが可憐の気持ちを知りつつわざとだったとしたら、たいそう悪い男である。
(悪い男……こんな誠実そうな顔で悪い男……それはそれで魅力的かも……って、もう思考回路がおかしくなってる)
試練が終わるまで「蓋」がもつかな、と心配する可憐だった。
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