第5話 聖女の技VS魔獣


 静まり返った神殿に、狼魔獣のグルルル……といううなり声が響く。

 女神の気配が消えたと同時に、魔獣は可憐のほうににじり寄ってきた。


「えっとぉ、狼さん。私は食べても美味しくないよ?」


『グルルル……』


「美味しそうに見えるかもしれないけど、ハムではないの。わかる?」


『ガルルルル……』


 狼が説得に応じるはずもなく、さらにじりじりと近寄ってくる。

 そして、一気に可憐に飛びかかった。


「わぁぁぁぁ! せ、せ、聖女パーンチ!」


 破れかぶれで、目をつむりながら狼に向かって拳を突き出す。

 ギャイン! という声が聞こえて、おそるおそる目を開けると、狼が聖壇の下で倒れこんでいた。

 だが、すぐにムクリと起き上がる。


「……せ、聖女パンチ!」


 今度は目をつむらずに拳を突き出す。

 拳の先から光の玉のようなものが飛び出て、すさまじいスピードで狼に当たった。


『ギャヒン!』


 また狼が吹っ飛ばされる。

 再び起き上がった狼は、もう怒ったぞと言わんばかりに唸りながら身を低くした。


「あわわ、聖女パンチ、聖女パーンチ!」


 パンチの動きに慣れたのか、狼は素早く左右に動きながら光の玉をかわす。

 そしてそのまま聖壇上の可憐に牙をむいて襲い掛かってきた。

 しかしそこは「動けるぽっちゃり」の可憐、あわてて横に飛びのき、そのままゴロゴロと転がり落ちる。

 痛みを感じながらも肉のクッションのおかげで大きな怪我はせずに済んだが、転がったままの可憐に向かって狼が聖壇の上から飛び掛かってきた。


「せせ聖女パンチ! パンチ! パンチ!」


『ギャン!』


 空中にいたために狼は避けきれず、三発繰り出したパンチのうち二発が当たる。

 距離が近いほど威力が高いらしく、至近距離で下方から腹と顎に聖女パンチを食らった狼は、吹っ飛ばされて女神像に激突した。

 その隙に素早く起き上がって壇上へと駆けあがり、なかば意識を失って女神像からずり落ちてくる狼に向かってさらなる攻撃を繰り出す!


「聖女パパパパパパパパーンチ!」


『……!』


 繰り出された連続パンチをくらい、狼が声もなく床にどさりと落ちた。


「た、倒した……?」


 ぜえぜえと荒い息を吐きながら、可憐がそーっと狼に近づく。

 あと一歩、というところで『ガルッ!』と狼が起き上がりかけた。


「聖女パンチ」


『ガフッ』


 今度こそ、狼は倒れた。


 狼を覆っていた黒いモヤが消え、黒い被毛も少しずつ色が抜けたように白くなっていく。

 体がどんどん小さくなって、最終的には子犬サイズまでになった。

 おずおずと起き上がり、うるうるした黒い瞳で見上げる様は、狼というよりもまさに子犬。


「こ、これ……どうしよう……」


『もう害はないぞ。完全に浄化したからな』


 とっくに去ったと思っていた女神の声が聞こえてくる。

 頭に血が上りそうになった。


(私が必死で戦ってるのを高みの見物していたわけですかそうですか)


 だが、そう思っても口には出せない。

 まともではない女神が相手である、ろくなことにならないのは分かりきっている。

 女神がこの世に力を発現できる場所は五つの神殿のみだというので、神殿を出るまでは我慢である。


(なんで女神なのにこんなにドSなの……)


 疲れ切った可憐が狼であった子犬を見下ろす。

 子犬は相変わらずうるうるした目で可憐を見つめていた。

 先ほどからは想像もできないほどとても愛らしく、庇護欲を誘う姿。


『そなたを主人と認めたようだな。かわいいであろう。ほれ、連れて行ってやるがいい』


「ええっ、元魔獣をですか!?」


『ならば魔獣の世界に戻すか? ほかの魔獣に食われて終わるだろうがな』


「えっ!」


『なんならそなたが食ろうてもよいぞ。ステーキにでもするがよい』


「そ、そんな!」


 酷すぎる。

 このうるうる見つめてくる生き物を、食べろというのか。

 もうドSでまともじゃない女神と話していても疲れるだけなので、可憐は「わかりました」と折れた。


「子犬は連れていきます。おいで、子犬ちゃん。ではこれで失礼します」


『うむ、次の神殿で待っておるぞ』


 笑いを含んだ声で女神が言う。

 もう二度と会いたくないー! と心の中で叫ぶ可憐だった。


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