第7話 刺身!
ガタガタと揺れる馬車の中、可憐の意識がゆっくりと浮上する。
(あれ……寝てた……? ここ馬車の中だよね……?)
顔のあたりが、やけに温かい。
枕にしているものが温かいのだと気づく。それがもぞっと動いた。
(私、何を枕にして……。ま、まさかジークさんの膝枕!?)
目を開け、勢いよく体を起こす。
「お目覚めですか」
ジークの声は、向かいの席から聞こえた。
では今、枕にしていたのは? と見下ろすと、そこには白い子犬が。
膝枕ではなく犬枕だった。
「わぁっ、メッシー大丈夫? 枕にしてごめん!」
「わん!」
「カレン様がうつらうつらしていたところに、メッシーが自分から枕になりに行ったのです。見事な忠誠心ですね。体も、元魔獣ということでしたので普通の子犬とは比べ物にならないほど頑丈だと思われます」
「そうなんですね。メッシー、ありがとうね」
「わふっ!」
たしかに膝に飛び乗るメッシーは、まったく疲れてもいないようだった。
お礼もかねて頭ともふもふの背中を何度も撫でる。
冷静になってみれば、枕は毛のような感触だったというのに、なぜ膝枕だと思ってしまったのか。
可憐はそんな自分が少し恥ずかしくなった。
「ところで、カレン様。もう間もなく町に着きます」
「わかりました」
「さて、問題です。ここは海の近く。美味しいのは……?」
「魚介類!」
「正解です」
穏やかにジークが笑う。
彼のこの笑顔を見ると、可憐は安心できた。
旅の仲間に彼らを選んで、本当によかったと思う。
活気あふれる夕方の食堂。
漁師たちがすでに飲んだくれているようで、店の中は酔っ払いでいっぱいだった。
町の食堂はだいたい静けさとは無縁だが、この店はいつも以上に騒がしい。
「騒がしくて申し訳ありません。こういった店のほうが融通がきくもので」
「いえいえ、こういう雰囲気は好きですし大丈夫ですよ」
奥の席に行こうとしたところで、すっかり出来上がった漁師らしき男が「おー黒髪とは珍しいな」と可憐の髪に手を伸ばそうとする。
その手が可憐に届く前に、ジークが漁師の手首を掴む。
「見知らぬ女性の髪に触れるのは失礼ですよ」
声も表情も穏やか。なのに、迫力がある。
漁師は「すみません……」と手を引っ込めた。
「お騒がせいたしました」
「いいえ。ジークさんはすごいですね。いつもありがとうございます」
「いえ……これが私の役割ですから」
少し照れたようにジークが言う。
後から来たイアンとセーラが、ニヤニヤしていた。
可憐とジークがまず壁際の席に座り、その隣のテーブルにイアンとセーラ。いつもの配置である。
メニューを見ても可憐にはよくわからなかったので、料理はジークが注文してくれた。
最初に出てきたのは、パエリアのような料理だった。
トマト風味のライスの上に、魚介類がたっぷりとのっている。
まず米が出てきたことに感動した。
ジークが、大きな鉄鍋から可憐の皿に取り分けてくれる。
ほかほかと湯気の立つライスをスプーンですくって口に運ぶと、トマトの酸味と魚介の風味が口いっぱいに広がった。
「んー、美味しいです! トマトと魚介類って最強の組み合わせですよね!」
「それはよかった。ああ、特別メニューも来たようですね」
「特別?」
給仕の若い女性がテーブルの上に皿を置く。
そこには、鯛に似た魚の刺身がのっていた。
「わぁ、お刺身……! この国では魚を生で食べる習慣があるんですね!」
「漁師など一部の者は生で食べることがあります。ただ、あまり一般的ではありません」
「あ、もしかして特別に作ってもらったんですか?」
「はい。差し出がましいようですが、前聖女様は生の魚を好んで食されたという記録があったので、もしかしてカレン様もお好きかと」
可憐と旅に出るにあたって、おそらくジークは前聖女についていろいろと調べてくれたのだろうと思った。
それこそ、食の好みまで。
聖女が国にとって大事だからとはいえ、そこまでしてくれるのが本当にうれしかった。
「お刺身、大好きです……ありがとうございます」
「それはよかった。ああ、味付けしていないライスも来たようです」
「白飯!」
可憐が思わずそう言うと、ジークがキョロキョロする。
「あ……いえ、あの子犬じゃありません。この味付けしていないライスを白飯というのです」
「ははっ、そうなのですね。ライス料理が多めになってしまいましたが、しろめしもどうぞ」
「わぁ、いただきます!」
さすがに醤油はないので、塩を振って白身魚の刺身を食べる。
見た目通り、鯛の刺身にかなり味が近かった。
臭みもなく、歯ごたえもほどよい。
もう一切れ食べて、すかさずご飯を口に運ぶ。魚の旨味と塩、ご飯の甘味が絶妙なバランスである。
なつかしい、故郷の味。
「美味しい……」
どこかしんみりと可憐が言う。
「……申し訳ありません、余計なことをしてしまいましたか」
故郷のものに似た料理が郷愁を誘ってしまったことに気づいたジークが焦る。
可憐は首を振った。
「余計な事なんてとんでもないです! すごく美味しいし、この国でもなつかしい料理を食べられるんだってわかって元気が出ました!」
可憐が笑顔で言う。
だが、ジークの表情は晴れないままだった。
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