第2話 黒騎士団長ジーク


 不満たらたらな様子の王子とは違い、王はすっかり上機嫌になった。 


「謝罪を受けてくれて何よりだ。まずはそなたとともに旅立つ騎士を紹介させてもらいたい」


「え? 謝罪を受けたら行くの決定なんですか?」


 王はごまかすような笑みを浮かべ、扉の方にさっと合図を送る。

 兵士が扉を開けると、青いマント、白いマント、黒いマントの三人の騎士が入ってきた。

 三人は可憐の前に並んだところで一礼し、顔を上げる。

 青マントはあからさまにがっかりしていた。

 白マントは笑みがひきつっていた。

 黒マントは表情が変わらなかった。


「青騎士団、白騎士団、黒騎士団の団長たちだ。聖女殿にはどの騎士団とともに巡礼するか選んでもらおう」


 まず前に出たのは青騎士だった。

 ゴテゴテと着飾っているわけではないが、身に着けているものが明らかに他の二人よりも上質に見える。

 どことなく身分の高さがうかがえる男だが、冷めた目をしていてどこかやる気が感じられない。


「聖女様におかれましてはご機嫌うるわしく。青騎士団長ウォルター・バーモンドと申します。聖地を巡る旅の護衛に、青騎士団を選んでいただけましたら幸いです」


 カレーみたいな名前だなと思ったが、それだけである。

 台詞も棒読みだし、やる気のない男と長旅など冗談ではないと、可憐はこの男を頭の中で早々に却下した。

 カレー青騎士団長の次に前に出たのは白騎士団長。

 波打つ金髪に青い瞳の美形。バラでもくわえていそうな華やかな男だった。


「お初にお目にかかります、お美しい聖女様。白騎士団長アンドリューと申します。どうか尊き御身を護衛する栄誉を、我が白騎士団にお与えください。危険からお守りするのはもちろんのこと、道中も退屈させません」


 そうしてパチッとウインクする。

 可憐はあいまいな笑みを浮かべた。


(思うところはありそうなのに気を遣ってくれるところは、なんとかバーモンドよりは好印象だけど……)


 可憐は軟派っぽい男が生理的に苦手だった。

 しかも、「聖女」へのこだわりが強そうに感じる。

 そのため、いったん保留にすることにした。


 最後に前に出たのは黒騎士団長だった。

 藍色の髪に鮮やかな青い瞳の、整った顔立ちの男性である。年のころは二十代半ばから後半。

 小さな顔と長い手足、均整の取れた立派な体躯がまるで彫刻のようだと思った。

 

「黒騎士団長ジークと申します。失礼でなければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「……可憐といいます」


 そこで可憐は気づく。

 名前を聞かれたのは、これが初めてだったことに。


「カレン様は、聖地巡礼に同意してくださったのでしょうか」


 意思確認をされたのもこれが初めてだな、と苦笑する。


「危険を伴うことなんですよね」


「否定はできません。ですが、道中は騎士団が全力でお守りいたします」


 誠実な人だな、と思った。

 変に誤魔化さず、危険もあるとちゃんと教えてくれた。

 そのことに好感を抱いた。


「正直なところ、聖地巡礼がどんなものかもわかりません。ただ……私がそれをしなければ、魔獣とやらで困る人が大勢いるんですよね?」


「……仰るとおりです」


「そして聖女は私しかいない、と」


「……はい」


 彼が申し訳なさそうな顔をする。


(好きでここに来たわけじゃないし、勝手に帰れない召還をされて腹も立ってる。でも、私にしかできないことがあるのに、何事もなかったかのようには生きられないよね……。きっとそんな状態でごはんを食べても美味しくないはず)


 王家(特に王子)はどうなってもいいが、か弱い一般国民は見捨てられない。

 もともと姉御肌な可憐である。

 可憐はジークの瞳を真っすぐに見つめた。


「一般の方々が脅威にさらされるのは気の毒です。だから……行こうと思います」


「おお、これはありがたい」


 どこか媚びたような様子で王が言う。

 押し付けるだけで意思確認もお願いもしなかったくせにありがたいとは、という言葉は呑み込んだ。

 必要なことはしっかり言うが、なんでも口に出すほど子供ではない。

 しばし可憐を見つめていたジークは、かすかに笑みを浮かべた。


「本来ならば無関係なこの国の民を思って巡礼に出てくださるとは、この上なく尊き御心の持ち主です。カレン様がお許しくださるのならば、この命を賭してお守りいたします」


「わかりました。ではジークさんにお願いします」


 即決した可憐に、白騎士は「ええっ!?」と声をあげ、青騎士は無反応。

 ジークは深々と頭を下げた。


 その後、可憐はジークのアドバイスにより、巡礼が終わった後の身の安全の保証や金銭的な面などについて王と魔法契約書を交わした。

 これで可憐は、無事旅を終えることができた場合、生活に困ることはなくなった。

 ただの契約書ではなく魔法契約書なので、反故にすれば王の命がない。

 明るい未来への道筋は立ったので、可憐は準備を整えて黒騎士団とともに旅に出た。

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