召喚されたぽっちゃり聖女は、異世界をたくましく生きる!

星名こころ

第1話 ぽっちゃり聖女召喚


「なんだこの肉の塊は」


 嫌悪を含んだその声に、花森はなもり 可憐かれんは顔を上げた。

 そして首をかしげる。


「……えっ。ここ、どこですか?」


 先ほど聞こえたけしからん言葉は無視して、とりあえず尋ねてみる。

 磨かれた大理石の床に、高い天井。飾り気のない広い空間。ズラリと居並ぶ見慣れない衣装の者たち。

 そして座り込む可憐を見下ろす、豪華な衣装を身にまとった金髪の若い男。おそらく肉の塊発言はこの男だと思われた。

 だが、今は怒る気も起きない。自分の身に何が起きているのかわからなかったから。


「えっと、コンビニ帰りに急に視界がぐにゃっと歪んで眩暈めまいがして……それで、どうしたんだっけ?」


「戸惑うのも無理はありません」


 そう言って一歩前に出たのは、長い銀髪に青い瞳を持つ美しい男だった。

 白い衣装は引きずりそうなほど長く、杖のようなものを持っている。聖職者といった風体。


「あなたはこのフォーリス王国に召喚された、……聖女様、です」


 なぜか目をそらしながら言う銀髪男。

 しかもやたらボソボソと喋る。


「聖女……私が?」


「ええまあ……そういうことになります」


「もしかして、これが噂の異世界召喚? 二十三歳で!?」


 驚く可憐を見下ろしながら、金髪偉そう男が舌打ちをする。


「五十年前に召喚された聖女は十七歳のほっそりした愛らしい少女だったらしいのに、今回のは歳は食ってるわ太って醜いわヨレヨレのおかしな服を着ているわ……大神官、本当にこれが聖女なのか!?」


 男が叫ぶ。

 ヨレヨレのおかしな服だけは異論はなかった。コンビニだしいいやと、くたびれたジャージを着ていたから。


「お気持ちはとてもよくわかりますが、殿下。容姿や年齢は関係ございません。女神様が選んだ方が、聖女様なのです」


 今度はスラスラと喋る大神官と呼ばれた銀髪杖男。


(お気持ちはとてもよくわかるんだ。この大神官とやらもなにげに失礼だわ。ていうか、しどろもどろだったのはもしかして聖女って認めたくないからだったの?)


 可憐は小さくため息をついた。

 たしかに可憐はぽっちゃりしている。

 昔から食べることが大好きで、今も大好きだ。

 つい先ほども夜食として、コンビニでから揚げ棒と粗挽きポークフランクととんこつ醤油味のカップ麺とクリームパンとスティックシュガー三本を入れたホットカフェラテを買ってきたところだった。

 だが、人を勝手に異世界に呼び出した輩に、馬鹿にされるいわれはない。


「聖女よ、王子が失礼をした。私に免じて許してほしい」


 国王らしき初老の男性が声を発する。

 可憐はあえて何も言わない。


「あー、おほん。いきなり召喚されて戸惑っていることと思う。そなたは女神に選ばれし聖女だ。これから我が国各地にある五つの聖地を巡り、そこの神殿に祈りを捧げてきてほしい。そうすることで、我が国を覆う結界は強まり、魔獣の脅威から国を守ることができる」


「お断りします」


「そうお断り……って、何!?」


 まるでコントのようなノリツッコミをする王に、可憐は冷たい視線を送った。


「はい、お断りです。私を帰して代わりの方を召喚してください」


 言いながら、よっこいしょ、と立ち上がる。


「聖女は五十年に一人しか現れぬ。そして召喚は一方通行。帰ることは不可能だ」


「ええっ!?」


 大神官に視線をやると、彼は重々しくうなずいた。


「女神様に誓って、陛下の仰っていることは事実です。召喚は一方通行で帰るすべはありません」


 その言葉に力が抜け、尻からどすんと崩れ落ちる。


「そんな……っ。私はもう、ハンバーガーもカレーも卵かけご飯もラーメンもすき焼きもパスタも食べられないというの!?」


「は、内容はよくわからんが帰れないと言われて真っ先に浮かぶのは食べ物か。どうりでその体型のわけだ」


「よさぬかアレックス」


 再度毒づく王子を、王がたしなめる。

 食べ物しか頭に浮かばないのかと言われても、すでに両親が亡くなって家族と言える人がいない可憐にとって、大事なのはそこだった。


「さて、わかってくれたな、聖女よ。帰ることのできぬそなたはここで聖女として生きていくしかない。聖地巡礼の旅に出てくれるな?」


「お断りします。それならここを出て一人で生きていく術を探します」


「な、なにぃ!? なんと強情な! ならばこの場でそなたを斬り捨てて別の聖女を喚ぶことになるが、良いか!」


「あら? 聖女は五十年に一人しか現れないって仰っていましたよね。女神に選ばれた私を殺して大丈夫なんですか? 本当に別の人を召喚できるんですか?」


「ぐっ……」


 何も言えない王に、可憐はニヤリとする。

 可憐は最強のカードを手に入れたのだ。「自分を殺せない、自分に頼るしかない」。

 それならばかなり有利に交渉を進めることができる。


「そもそも勝手に戻れない召喚をしておいて、いきなり肉の塊呼ばわりは失礼極まりないです。そちらの王子様は何度も私を馬鹿にしましたね。必要なのは聖女ですか? 若いスレンダー美人ですか? 後者ならそういう人を召喚すればよかったんです」


 王子がばつが悪そうにそっぽを向く。


「女神が選んだ私を容姿という一点だけで侮辱するのなら、それは女神への侮辱だと思いますが」


 大神官に視線をやると、彼もうつむいた。


 可憐は気が強い。

 小学生のころ可憐をドスコイ呼ばわりして物を投げてきた男子には「ドスコイ!」と言いながら体当たりをかました。おかげで中学でも絡んでくる男子はいなかった。

 高校入学当初は馬鹿にしてくる男子もいたが、明るく正義感が強い可憐は女子には好かれていたため、かわいい女子たちに嫌われたくない男子たちは可憐を馬鹿にするのをやめた。

 社会人になると弁も立つようになったため、言われっぱなしということはなかった。


「陛下は私に聖地に行くことを望まれますか」


「う、うむ、もちろんだ」


「では私のメリットはなんでしょうか」


「もちろん、生涯にわたって金銭的な援助はさせてもらう。この国を守ってくれる聖女だからな」


「その守ってくれる聖女を斬り殺そうとなさったわけですね」


「うぐっ……それはもちろん、本気ではなかった……。そなたに巡礼に行ってもらわねば、我が国は危機に瀕してしまう。その焦りから脅すようなことを言ってしまった。申し訳なかった」


 王が素直に謝罪する。

 ひとまず彼に関してはこれで留飲を下げることにした。

 だが。


「陛下の謝罪は受け取りました。メリットやら契約やらの前に、もうお一方ひとかた、謝罪をすべき方がいらっしゃいますね?」


 全員が王子の方を向く。

 王子が歯噛みした。

 黙っている彼に、王が「アレックス」と促す。


「……っ、そなたをけなして、申し訳……なかった……」


「それから?」


「そ、それから? これ以上何を言えというのだ!」


「仕方がありませんね……私が教えて差し上げます。『肉の塊だとか馬鹿にしたけど、よく見たらくりくりお目々でかわいいなと思う』と、殿下の心の内を素直に付け加えてください」


「~~~っ!」


「まさか国の命運がかかっているのに、言葉一つ惜しむのですか?」


「……っ、肉の塊だとか馬鹿にしたが、よく見たら……くりくりした目で……っ、か、かっ、かわいいと思う!」


「殿下の謝罪と本心、しかと受け取りました」


 何人かが不自然に横を向いたり口元を歪めたりしている。

 王子は悔しさゆえか真っ赤になっていた。

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