第3話 案外楽しい旅


 旅は、思っていたよりも快適だった。


 さすがに野宿などはすることがなく、その地方で一番の宿を手配されたため、なんの問題もなく安眠できる。

 一番心配していた食事も、思いのほか口に合うものが多かった。

 服装については動きやすいジャージは許されず聖女らしい白いワンピースを着せられてしまったが、締め付けがないので我慢できる。


 ただ、馬車での移動が何よりもつらかった。

 どうやらサスペンションのようなものも実装されている最高級の馬車らしいが、それでも可憐の豊かな尻は悲鳴をあげていた。

 だが、見目麗しい騎士――ジークが向かいに座っているのに、寝転がったりできない。

 道中は会話で尻の痛みを紛らわせた。


「そういえば、ジークさん。この国ではやっぱり細い体型のほうが好まれるんですか?」


「平民においてはそうとは限りません。健康や豊かさの象徴ですから、少しふっくらしていたほうが好まれる場合もあります。ただ、身分が高い人々の間ではかぼそい女性が好まれる傾向があります。これも流行り廃れがあるようですが」


「それを聞いて納得しました」


 王はそうでもなかったが王子はあの有様で、大神官だという銀髪男も微妙に失礼。

 全員貴族出身者だという青騎士団の団長は、家格の高い貴族家の出身なのだという。

 なお、白騎士団は神殿所属で、黒騎士団は実力重視で平民が多いらしい。

 ジークの教育が行き届いているのか、今のところ黒騎士団で無礼な態度をとってくる者は一人もいない。

 むしろ気さくで付き合いやすかった。


「この世界にいらして、ご不快な思いをされたのでしょうか。もしそうでしたら、申し訳ございません」


「ジークさんは何も悪くないですよ! ほっそりした人の方が好まれるのは以前いた世界でもそうでしたし、あの程度のことは言われ慣れてます」


「慣れていいものではないかと思います。悪く言う方がおかしいのです」


 真剣な顔でジークが言う。

 可憐が少し驚いた顔を見せると、ジークは「申し訳ありません、きつい言い方でした」と謝罪した。


「いえいえ、うれしかったんです。私、痩せたらかわいいだろうと言われてきましたけど、目もくりっとしてるし唇だってプルプルだし肌艶も髪質もいいし、今の自分も気に入っているんです」


「はい。とてもかわいらしいと思います」


 一拍置いて、ジークがしまったという表情で真っ赤になる。

 可憐もつられて赤くなった。


「……もうすぐ、次の街に着きます。そこで夕食をとりましょう」


「は、はい。こちらの世界の食事も美味しいので、とても楽しみです」


 可憐がそう言うと、ジークは穏やかな笑みを浮かべた。



 ガヤガヤと騒がしい、夕食どきの食堂。

 庶民向けよりも少しお高めだというこの店は、この地方では一番人気なのだという。

 評判は伊達ではなく、食べることが大好きな可憐の舌も満足させた。


「んー、美味しい!」


 一番奥の端の席、ジークと向かい合って座る可憐は、幸せそうな顔で料理を口に運ぶ。

 その様を、ジークは優しい微笑を浮かべながら見つめていた。


「お口に合うようで何よりです」


「ええ、本当に美味しいです。特にこのソーセージ。パリッとした食感にあふれる肉汁、香草がいい感じに臭みを消していていくらでも食べられそうです。香辛料も絶妙です」


「それは良かった。こちらの温野菜のサラダもどうぞ。とれたて野菜を使っているそうですよ」


「わぁ、美味しそう。カリカリベーコンがのってる!」


 新鮮で美味しい~と笑顔で食べる可憐を、ジークは微笑ましいという表情で見つめていた。


「美味しいものを食べるって、幸せですね、ジークさん」


「そうですね。そして幸せそうな顔で上品に食べるカレン様を見ると、こちらも幸せな気持ちになります」


「!」


 そんなことを言われて、ブロッコリーが口から飛び出そうになる。

 なんとか飲み込んだものの、照れくささのあまりどう言っていいかわからず、もそもそと野菜を口に運んだ。


 青い優しい瞳が、可憐の心をざわつかせる。

 口の中が、やけに甘く感じられた。

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