第19話 荒野の戦い


※多少の流血表現あり


――――――――――――――



 馬車から出てきたジークは、ぐるりと周囲を見渡す。

 その瞳には何の感情も宿っておらず、冷静を通り越して無機質ですらあった。

 野盗の群れは、目視できるほどに近くまで来ている。その数は騎士団の倍以上いると思われた。

 一方の騎士団も、既に馬車の周囲に集結している。


「カール、ヘクター、マックス。背後の崖の上におそらく野盗が三人いるから、射程に入ったら狙撃しろ。さらに来るかもしれないから、常にあの場所に意識を向けておくように。数が多くなるようならダンとケインも応援を。背後を取らせるな」


「承知しました」


 声をかけられた三人が、弓を手に取る。


「私は野盗の隊列を乱すため、やつらの中に斬り込む。イアンはこの場の指揮を。なんとしてでも馬車を守れ。野盗は馬の脚を狙ってくるから、全員馬を降りて戦え」


「はっ」


 馬車を守るための戦いで馬の機動力を生かせないため、降りて戦うことを選んだ。

 馬は鎧も装備していない。潰されてしまっては旅にも支障が出る。 


「ニック、ノエル、トニー、ついて来い。あとは馬車の周囲に残れ」


「はい!」


 ジークがすらりと剣を抜く。

 黒い剣身が炎を帯び、真っ赤に焼けた。

 剣の使い手の中には、こうして剣に気をまとわせ、さらにそれを特定の属性に変換して威力を上げる者が稀にいる。

 そういった技を使える者は、ソードマスターと呼ばれた。


 ジークが駆け出し、野盗を次々と斬り伏せていく。

 その刃に躊躇いは微塵もなく、外套をひるがえしながら鮮やかに剣を振るうその様は、剣舞でも舞っているかのようだった。

 選りすぐりの部下たちもまた、次々と敵を倒していく。野盗たちの間に動揺が広がった。


(相手も野盗にしてはそこそこ剣を使う。とはいえ正規兵や騎士ではない……食い詰めた傭兵くずれか? 数も多いし、厄介だな)


 負けることはないにしろ、何人かの部下が犠牲になることも覚悟しなければならないと思った。


「くそ、こいつら強いぞ! 真正面から相手する必要はねえ、ばらけて馬車を狙え!  馬はあとでいい、まずは女だ!」


 野盗の言葉に、ジークが眉をひそめる。

 馬車の中に女がいると知っているということは、どこかで「護衛に守られている身分の高そうな女」に目をつけていたということだろう。そういった女性は、身代金目的で狙われることが時々あった。

 たしかに偶然通りかかった馬車を狙うにしては、数も多すぎる。

 馬車のほうに視線を移すと、そちらでも激しい戦闘が行われていた。

 騎士に死者は出ていないようだが、何人か負傷している。


「馬車の中の女を引きずり出せ! 抵抗するなら殴ってもいいが、絶対に殺すなよ!」


 野盗の言葉に、ジークの瞳が鋭さを増す。


(身の程知らずが)


 腰から下げたナイフを引き抜き、殴ってもいいと言った男に向かって投げつける。ナイフは喉に深々と食い込み、男は声もなく倒れ込んだ。

 倒れた男には一瞥もくれず、すばやく周囲を見回して戦況を確認する。

 その視界に、背後から襲われそうになっている部下が映った。


「伏せろノエル!」


 ジークの声にしゃがみこむノエルの頭上を、炎をまとった剣が走る。

 ノエルの背後の野盗は、叫び声をあげる間もなく絶命した。


「団長、ありがとうございます!」


「気を抜くなよ」


「はっ!」


 馬車の守りにほぼ全力を割いているため、敵の数はなかなか減らない。

 そろそろ疲れが見えてきた斬り込み隊三人を下げようかとジークが思ったそのとき、馬を駆けさせこちらに近づいてくる人物に気づいた。

 太陽にまばゆく輝く金色の髪に、冷気を帯びて白く光る剣身。

 相変わらず何もかもが華やかな男だと、ジークは小さく笑った。

 その男――白騎士団長アンドリューが白馬から飛び降り、野盗を斬り伏せながら近寄ってくる。


「お困りのようだな、ジーク。カレン様への点数稼ぎのために、このアンドリューが助力しよう」


 アンドリューのそんな言葉に、ジークは微苦笑した。


「お前のそういう性格は嫌いじゃない。助力感謝する」


「ああ。あと念のために言っておくが、私はこの襲撃とは無関係だからな」


「それはわかっている。お前はそんな男じゃない」


 その言葉にアンドリューはふっと笑った。

 強力な助っ人を得て、野盗たちの死体が増えていく。

 だが圧倒的な人数差もあり、黒騎士団側も負傷者は増えていった。

 何名か重傷を負っているようにも見える。


(先ほどナイフで倒したのがおそらく頭目だろうが、その頭目がやられても逃げる気配がないな。負ける気はないが、こちらも何人犠牲になるか……)


「ん? なんだあれは」


 アンドリューの声に、ジークは馬車を振り返る。

 そして目を見開いた。


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