第20話 元魔獣
馬車の中から外の様子をうかがっていた可憐は、聞こえてくる怒号や悲鳴、そしてあちこちで噴き上がる血に吐き気をこらえていた。
黒騎士団は馬車――つまり可憐を守るために戦力の大半を割いている。
ジークは敵の群れの中に突っ込んでいったようで、心配で仕方がなかった。
馬車の窓から見える範囲しかわからないが、黒騎士団にも負傷者が増えていっているように見える。
(このまま黙って見ているくらいなら……とはいえ自己判断で勝手なことはできない)
可憐は少しだけ窓を開け、近くにいるイアンに声を掛けた。
「イアン、大変なときにごめんなさい、相談があるのだけど」
「カレン様!? 危険ですから隠れていてください!」
「騎士団の助けになれるかもしれないの。その方法は――」
可憐が考えていることを手早く説明すると、イアンは少し考え込んだ。
「騎士団の邪魔になるならやめておくけど……」
「いえ……無法者相手の細かな作戦のない戦闘ですから、有効かもしれません。カレン様に危険はないんですね?」
「もちろん。そして騎士団のみんなにも危害を及ぼすことはないと女神様が保証してくれたの」
「わかりました……では副団長としてお願いします」
「うん!」
メッシーと小梅ちゃんに視線を合わせる。
彼らは可憐が何をしようとしているのかを悟っているようだった。
メッシーは尻尾を振り、小梅ちゃんは目を輝かせている。
「お願いできる?」
「ワン!」
「ハァーイ」
「ありがとう。無理はしないでね。全滅させなくても、追い払えればいいから」
そう言って可憐は馬車の扉を少し開ける。そこからメッシーと小梅ちゃんが飛び出した。
そして可憐は一匹と一羽、そして馬車の扉付近を聖女バリアで覆う。
(デスボイスなんて出したことないし、練習しないとできないというけど……)
とにかく低く濁った声で歌うことを目指し、扉の隙間から歌声を送った。
素人の歌い方のため喉がつらいが、そうも言っていられない。
聖女の歌の特殊な使い方。
それは、デスボイスでメッシーと小梅ちゃんを元のサイズと戦闘力に戻せるというものだった。しかもそうなっても忠誠心は失わないという。
歌を続けると、メッシーと小梅ちゃんはみるみる大きくなっていき、元のサイズまで戻った。
ただし以前のように黒いもやに覆われてはおらず、被毛や羽毛は白いまま。
敵も味方も、唖然としながら大きくなっていく元魔獣を見つめた。
「メッシー、小梅ちゃん、お願い!」
そう言って、可憐は聖女バリアを解く。
小梅ちゃんは優雅に空を目指して飛び上がり、メッシーは敵の群れに突っ込んでいった。
まず小梅ちゃんが馬車背後の崖へと向かい、密かに近づいていた野盗たちを蹴散らす。嘴やかぎ爪の攻撃をくらって悲鳴を上げる者もいれば、崖から落とされて黒騎士にとどめを刺される者もいた。
一方のメッシーは敵の群れの中に突っ込み、体当たり、噛みつきからの振り回しなどで敵を恐怖に陥れる。
アンドリューは巨大な白いオオカミに攻撃をすべきか迷っている様子だったため、ジークが「少し待て」と止めた。
「メッシー……なのか?」
「ガルッ!」
ジークの問いに元気に答えるメッシー。
巨大化しても理性が残っていると判断したジークは、アンドリューに危険がないことを告げ、メッシーに背中を預けた。
最初は不信感でいっぱいという顔で警戒していたアンドリューも、実際にメッシーと小梅ちゃんが敵だけを攻撃しているのを見てようやく信じた様子だった。
「くそ、強ぇやつらに化け物まで加わったんじゃ命がいくつあっても足りねぇ! オレは降りる!」
「オレもだ!」
野盗たちはすっかり戦意を喪失し、這う這うの体で逃げて行った。
黒騎士団は可憐を守ることが任務であるため、深追いはしない。
敵がいなくなったことを確認して、可憐は馬車の外へと出た。
同時に、大きな歓声が上がる。
「聖女様万歳!」
「聖女様すげぇっす!」
「メッシーとコーメチァン? もありがとな!」
可憐は照れつつも、「みんなも守ってくれてありがとう!」と大きく手を振った。
さらに歓声が大きくなる。
少しだけアイドル気分を味わった可憐であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます