第21話 ジークとアンドリュー


 可憐は緊張していた。

 馬に乗るのが初めてということもあるが、何より馬の背に横座りしている可憐の腕が、男性――ジークの体に密着しているから。しかも、ジークの手と腕が可憐の背中から肩を支えている。

 男の子をドスコイで吹き飛ばした経験はあるものの男性と触れ合った経験のない可憐は、腕や背中に感じる硬い体の感触に心臓が破裂しそうだった。


(ジークさんは平気そうなのに、私だけ意識してて恥ずかしい。男性の体ってこんなに硬いものなんだ)


「カレン様、お疲れではありませんか」


「大丈夫です。ジークさんこそこの体勢は疲れるのでは」


 恥ずかしさのあまり、うつむいたまま言う。

 この至近距離で目が合ったら、ときめきのあまり落馬してしまいそうだった。


「そうだそうだ、疲れただろうジーク。そろそろ代われ」


 そう言ったのは、白馬にまたがって可憐たちと並走しているアンドリュー。

 荒野を抜けてから次の町までは一本道なので、必然的に一緒に行くことになった。

 白騎士団長の名にふさわしく、白馬がやけに似合う男である。

 黒馬に乗るジークと白馬に乗るアンドリューは一対の絵のようだと可憐はひそかに思った。


「私はまったく疲れておりませんのでご心配なさらないでください、カレン様。アンドリュー卿は黙っていていただきたい」


「いつでもカレン様を独り占めとはずるい男だ。職権乱用だとは思わないのか」


「思わないし貴殿に代わる気もない」


「カレン様の前では気取った話し方をするところも気に入らないなあ。ほんのり頬を染めている時点で仕事の範疇を超えていると言っているようなものだ」


 アンドリューの言葉に、可憐はジークをちらりと見上げる。

 たしかに、彼は少し赤くなっているようにも見えた。

 可憐の心臓がズキューンと射貫かれる。「気持ちの蓋」がピシピシとひび割れる音がした。


「それにしても、カレン様。重傷者に馬車をお貸しになるとは、驚きました」


 アンドリューの声に、正気を取り戻す可憐。

 今はかえって彼の存在がありがたい。


「動けない二名の方を、荷車に乗せて運ぶというので、少しでも乗り心地がいいものをと。私を守るために戦ってくれた人たちですから……」


「まさにあなたは聖女様ですね。さすがは女神に選ばれたお方です」


 感心したようにアンドリューが言う。ジークも小さくうなずいた。


「気持ち的にすっきりしないからそうしただけで、私は内面的にもいたって普通の人間です。馬に一人で乗れないのでジークさんには申し訳ないのですが」


「いいえ。うれしいです」


「!」


 可憐が赤くなる。それを見て、ジークもまた頬を染めた。


「……頼っていただけることが、うれしいです」


 言い直したジークに、アンドリューが鼻で笑った。


「むっつりスケベめ」


「誰が……! お前にだけは言われたくない」


「私はむっつりではない。麗しいカレン様とむっつり男のいちゃいちゃを見せつけられ、私の心は張り裂けそうだ」


「なら並走しなければいいだろう。頼んでいない」


「お前に代わるチャンスを待っているのさ」


「そんな機会は永遠に訪れない」


「はっ、どうだろうな。余裕をかましていると足元をすくわれるぞ。もちろん私にな」


「いいから黙ってろ」


 ジークの口調はすっかり崩れているが、可憐はむしろ彼の普通の青年らしい一面を好ましく思った。

 可憐に対してはいつでも優しく紳士な態度だが、気心の知れた学生時代の同級生とはこんな感じなのだな、と。


 アンドリューとは親しくないと言いつつ案外仲が良さそうだと思ったが、口に出しては言わなかった。


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