第31話 女神との対話
『まずは、すべての試練のクリア、ご苦労であった。五つすべての力を手に入れた聖女は二百年ぶりじゃ』
「……えっ?」
その言葉に、可憐は首をかしげる。
「試練って、全部クリアしないといけないものなのでは……」
『試練を乗り越えずとも、神殿で祈れば結界は強化できる』
「ええっそうなんですか!?」
一体今までなんのために必死に魔獣と戦ったりエクササァイズさせられたりしてきたのか。
そんな可憐の不満を感じ取ったのか、女神は小さく笑った。
『力を与えるのは試練を乗り越えた聖女のみだ。例えばそなたが第一の神殿での試練を途中で投げ出したり黒狼に負けたりしていれば、神殿を出た瞬間にそなたは聖女パンチを失っていた。ここに来るまでに聖女の歌を騎士たちに披露していなければ、癒しの力を奪っていた』
「というか……試練って途中で投げ出せるものだったんですね。試練で力を得ることと結界の強化が関係ないのも知りませんでしたし」
『試練に失敗した時点で説明しようとは思うておったが、そなたは根性があって次々と試練を乗り越えていったからのぉ。たいそう見ごたえがあったぞ』
やっぱり可憐が必死で試練を受ける様を見て楽しんでいたんだなと思うが、この女神の性格は最初からわかっていたので今さら腹も立たない。
『試練と祈りに関しては対応を変えたことはないゆえ、騎士らはともかく王家や神殿の人間なら知っておったかもしれぬな』
国王の顔が頭に浮かぶ。
あの狸爺め、と頭の中で罵った。
国としては特別な力を授かった聖女が欲しかったのだろうと思った。そのほうが聖女を有する国としての権威が高まるし、その力が国の役に立つかもしれない。
しかも、授かった力を見返してみれば国を滅ぼせるほど強力なものではないため危険もないと踏んでいるのだろう。
報酬は可能な限りぼったくろうと心に誓う可憐だった。
『与える能力は聖女によって違うが、キックやパンチや歌など、まあどれも似たり寄ったりじゃ。だが、第五の能力はすべての試練を超えた者のみに与え、なおかつ最も強力なものを与えることになっている』
「最も強力……」
いったいどんな力だろう、と緊張する。
『そなたに授けるのは、女神のレシピじゃ』
「女神の……レシピ?」
レシピとは? と首を傾げる。
『そなたが作りたいと思ったものの作り方をなんでも知ることができる。料理や調味料の作り方だけにとどまらず、そう、例えば……そなたの世界にあった武器の作り方までも』
その言葉に、ざわりと鳥肌が立つ。
この国の文化水準を地球でのそれに照らし合わせると、とっくに銃などが普及していてもおかしくない。
だが、この国にそういったものはないのだ。
もしその製法を、可憐が伝えたとしたら。
『この国の技術で開発できるものに限界はあるが、それでもこの国と周辺国の勢力図を変えるくらいは容易であろうなぁ』
くく、と女神が不穏に笑う。
女神のレシピ――まさに最も大きな力と言えるだろう。
使い方によってはとんでもないことになる。
「お話はわかりました。たしかに恐ろしく、かつ有用な能力です。だから、私はその力で……」
『その力で?』
「私の故郷の調味料である味噌と醤油を作りたいと思います」
『……ほう? わらわの話を聞いたうえで、調味料とな』
女神が笑いを含んだ声で言う。
「銃などの武器がこの世界にないということは、必要ないということです。私が何もしなくても、いずれは開発されていくものなのかもしれません。ですが、私が急速に進めるものではないと思っています」
『ふむ』
「それなら、食にこだわりがあるというこの国で、美味しいものを作っていきたいと思います」
女神が、さも楽しげに笑う。
『そんなそなただから、この力を授けるのじゃ。わが目に狂いはなかった』
可憐に、虹色の光が降り注ぐ。
女神のレシピを授かったのだろう。
試しに「味噌」と念じてみると、目の前に青いウィンドウのようなものが現れる。
そこには白い文字で詳細な製法が書かれていた。
『さて、最後にわらわに聞きたいこと、望むことはあるか?』
「……質問があります。なぜ、私が聖女として召喚されたのですか?」
可憐は自分が特別な人間ではないと知っている。
能力も、性格も、客観的に見た容姿も。
年齢についても、日本基準ならまだまだ若いが、この世界では王子の反応からして若いとは言えないということはわかっている。
『そうじゃなぁ、まず前提としてこの世界の人間に神の力を授けることはできぬ。だがこの国の平和を守るためにはわらわの力を発現させる必要がある。だから、わが力を行使できる聖女となる
いわば裏技のようなものか、と思う。
この世界の人間には力を与えられなくても、異世界の人間なら可能だと。
「その異世界の中で、私が選ばれた理由は?」
『身寄りが少ない者、度胸と根性、柔軟性がありなおかつ善良な者、試練や旅に耐えられる程度に若い者などを条件とし、その条件に合う者の中でそなたを気に入ったからそなたにした。……恨んでおるか?』
「少しも恨んでいないと言ったら、きっと嘘になると思います。元の世界に未練はありますから。でも……この国のことも、好きになりました。だから、この国を守れたのはよかったと思います」
例えば、何の役割もなく無意味に召喚され、生きるだけで精一杯の貧しい暮らしになるならもっと恨んだだろうと思う。
だがこの国に絶対に必要な特別な存在となり、自由に生きていけるだけの収入も約束されている。美味しいものもあり、――好きな人もいる。
この世界で生きていくのも悪くないと感じていた。
『……そうか。ならばわらわに望むことはあるかな』
「そうですね……。この世界に絶対に異世界出身の聖女が必要なのだとしても、今度は聖女として選ぶ前に、せめて意思確認をしてください。突然有無を言わさず連れてくるのではなく、異世界に行ってもいいよという人を選んでいただけたら、きっとみんな幸せになると思います」
五十年後は不明だが、現在の日本には「異世界転移モノ」の物語があふれている。
異世界に行きたいと思っている人間もいるかもしれない。
そういう人間であっても、実際に異世界に来て後悔することがないとは限らないが、少なくとも何も知らない、望んでもいない者をいきなり異世界送りにするよりはましだと思った。
『ふむ、わかった。ならば次からは、ちゃんと本人の意思を確認しよう』
「よろしくお願いします」
可憐が立ち上がる。
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
『うむ。達者で暮らせ、わが娘よ。そなたの行く先々に、多くの幸せがあらんことを』
「ありがとうございます。女神様もお元気で」
可憐はその場で一礼すると、神殿を後にした。
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