第30話 可憐VS闇聖女


 騎士二人が去り、ぽっちゃり可憐もとい闇聖女と二人きりになった。

 微動だにしない闇聖女をまじまじと見つめる。


(私……こんなにぽっちゃりしてた……?)


 鏡で自分の姿を見ていたときはこれの二割減くらいに見えていた気がするが、いざこうして他者の視線で見てみると、かなりぽっちゃりしている。

 かわいいのはかわいいが、やはり健康には悪そうだと思った。


『さて、この闇聖女じゃが。そなたと同じ光属性では決着がつかぬゆえ、その名の通り闇属性にしてある』


「そうなのですね」


『もちろん撃ってくるパンチも闇属性じゃ。その名もメタボパンチ』


「闇とメタボ関係ないですよね」


『なお聖女バリアがない代わりにメタボキックを与えてある』


 これ以上技名について突っ込んでも無意味なのでやめておいたが、癒しの力を得た代わりに可憐が得られなかったキックを身に着けているのは厄介かもしれないと思った。

 技名から蹴りということはわかるが、詳細はわからない。


『それと、能力のバランスを取るためそなたの聖女の歌は一時的に封印させてもらう』


「……わかりました」


『ああ、あと黒狼と魔鳥ほどではないが闇聖女の身体能力も少しだけ強化しておいた』


「能力のバランス取れてます!? 全然“かつての自分”じゃないですよね!?」


『説明は以上じゃ』


 いつも通り可憐の抗議を鮮やかに無視して、女神の気配が消える。

 同時に、闇聖女がぐっと腰を落とした。

 可憐も構える。


 先に仕掛けたのは闇聖女。

 メタボパンチを撃ってきたので、迎撃するように聖女パンチを放つ。

 光の球がもやもやした黒い球を呑み込み、消えた。

 相手の技の威力を見るため、あえて避けずに聖女パンチをぶつけたが、光と闇の相性ゆえか聖女パンチのほうがややまさっているように見えた。

 それを見届け、今度は可憐から仕掛ける。


「聖女パンチ! パンチ! パンチ!」


 どれか当たればいいという考えで、闇聖女の真正面と左右に光の球を撃つ。

 だが闇聖女は器用に転がって避けた。


(そういえば私って動けるぽっちゃりだった)


 起き上がった闇聖女が連続メタボパンチを放つ。

 いくつもの闇の球を相殺するのは難しそうなので、自分の前に聖女バリアを張った。

 闇属性の攻撃に黒く染まりつつもバリアは何発ものメタボパンチに耐え、やがて砕け散る。

 遮るものがなくなった視界に飛び込んできたのは、すぐ目の前にいる闇聖女。

 しまったと思った時にはもう遅かった。


『メタボキック!』


 ぽっちゃり可憐の足が闇色に染まり、黒い軌跡を描きながら後方宙返り蹴りサマーソルトキックを放つ。

 とっさにバリアを張った手でガートしたものの、その手ごと顎を蹴り上げられて体が大きくぐらついた。

 その隙をつき、闇聖女が可憐を体当たりドスコイで吹き飛ばす。


「かは……っ」


 受け身もとれず床に叩きつけられた可憐に、さらに闇聖女が迫る。

 この状態で攻撃されれば間違いなく負けると思った可憐は、闇聖女を球状の聖女バリアで包み込んだ。

 そしてその球体めがけて聖女パンチを放ち、闇聖女を向こうの壁まで吹き飛ばす。

 聖女バリアの中でゴロゴロ転がされた闇聖女は、さすがに目が回ったらしく立ち上がろうとしては転ぶというのを繰り返していた。

 時間稼ぎに成功した可憐は、ズキズキと痛む胸に手をやる。肋骨にヒビが入ったとおぼしきその場所に癒しの力を注いだ。

 痛みが引いて、ようやく息を整える。聖女に備わっている自己治癒能力の高さゆえか、他人を癒したときのような疲労感は感じなかった。


(まさかぽっちゃり可憐が接近戦を仕掛けてくるとは……。格ゲーみたいなコンボを決めてくるし、メタボキックにいたっては明らかに私本来の身体能力を超えてる)


 身体能力をはるかに超えた動きの闇属性の蹴り。それがメタボキックの力なのかもしれないと思った。

 そのメタボキックで聖女バリアを破壊した闇聖女が、その位置から再びメタボパンチを撃ってくる。

 聖女パンチでの相殺や最小限のバリアでやりすごしつつどう倒したものかと考えているうちに、ふと気づいた。闇聖女が距離を詰めてきていることに。


(じょ、冗談じゃない! アレ相手に接近戦は無理!)


 パワーがあるのはもちろんのこと、身体能力が強化されているためスピードは痩せ可憐と比べても遜色なく、格闘家並の足技まで持っている。しかもぽっちゃり可憐の固有技であるドスコイまであることを考えると、接近戦は無謀。


(闇聖女に弱点があるとしたら、闇属性が光属性に弱いことと……)


 ひとまず壁際まで吹き飛ばそうと再び闇聖女を聖女バリアで包もうとしたが、完全に包み込む前にメタボキックでバリアを破壊されてしまった。

 闇聖女から飛んでくる黒い球を避けたり最小限のバリアで防いだりしながら、鬼ごっこのように逃げ回る可憐。

 やがて狙い通り、闇聖女の呼吸が乱れ始めた。


(ぽっちゃりの弱点、それは息切れ!)


 普通体型よりも酸素が必要な大きな体に、余分な脂肪に圧迫され広がりにくくなっている肺。

 いくら身体能力が強化されているとはいえ、ぽっちゃりの弱点がなくなったわけではなかった。

 激しい運動で心肺への負担は大きくなり、息切れとともに動きも鈍くなってくる。


 可憐は決着をつけるため、今度は自分から闇聖女に向かっていった。

 襲い来る黒い球を小さなバリアで弾き、距離を詰める。

 体力の限界を感じてか、闇聖女もまた決着をつけようと可憐に向かってきた。

 連続聖女パンチをメタボパンチで相殺しさらに距離を詰めた闇聖女は、目の前の可憐に向けて大きく一歩踏み込む。


『メタボキッ――』


「聖女バリア!」


 闇聖女が回し蹴りの動作に入ったその瞬間、可憐が素早くしゃがみ込んで床に手をつく。

 足元の床から急に湧いて出てきた半球体――聖女バリアに軸足じくあしをとられ、闇聖女は見事に転んだ。

 可憐はその隙にありったけの聖力を拳に集結させ、足元に転がってきた闇聖女に向かって思い切り振り下ろす!


「聖女パーンチ!」


『……!!』


 聖力を大量に帯びた聖女パンチを直接腹に食らった闇聖女は、声を上げることもなく体を大きく震わせ、やがて黒い霧となって散っていく。

 完全に姿が消えたところで、可憐は安堵の息を吐いた。


「ぽっちゃりの弱点その二、転がりやすい」


 息を乱し、パンチで痛めた手首をさすりながら言う。

 かつての自分の姿をしたモノを倒すというのは複雑だが、試練をクリアできたことはうれしかった。

 試練が終わって力を温存する必要がなくなったので、痛む手首を自分でさっさと癒してしまおうかと思ったその時。


『オ~ホホホ、なんと楽しい戦いであったことか。さすがはわらわが選んだ聖女じゃ』


 いつも通りの高笑いが聞こえて、可憐はため息をついた。


「女神様は格ゲーマニアか何かなのでしょうか」


『かくげーまにあとは何のことやらわからぬなぁ。ひとまず治療してやろう』


 騎士二人のときと同じく光の粒が降り注ぎ、体の痛みや息切れ、全身の汗までもが消える。

 厄介極まりない性格の女神だが、その力はやはり人間とは比べるべくもないものなのだとあらためて思った。


「治療していただき、ありがとうございます」


『うむ。さて、そなたは見事試練をクリアした。約束通り五つ目の力を与えよう。その前に……少し話をしていかぬか』


 女神の意図がよくわからず、可憐は警戒する。


『そう怪しむな。さらなる試練を与えたりはせぬ。これで最後じゃから、少し話がしたいだけじゃ』


「……承知いたしました」


 まあ座れ、との言葉に、可憐は素直にその場に座った。




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