第29話 ジークVS魔鳥


 ジークがゆったりと剣を構えると同時に、魔鳥は天井付近をぐるぐると回り始めた。

 優雅とすら言える動きで旋回する魔鳥と、一歩も動かないジーク。

 神殿内が、異様な緊張感に包まれた。


 先に仕掛けたのは、魔鳥だった。

 ジークの真上まで来たところで翼をたたんで急降下し、近づいたところで翼を広げて鋭い鉤爪かぎづめで襲う。

 彼はそれを剣で防ぎ、炎を宿らせた。魔鳥は大きく羽ばたいていったん燃え盛る剣から離れ、鉤爪でジークの肩のあたりを蹴って再び飛び上がる。

 とっさに攻撃と同方向に避けたため掴まれることはなかったが、完全には避けきれずその鋭い爪で肩から出血した。

 彼の剣から、炎が消える。

 可憐は声を上げそうになるのをぐっとこらえた。


(たしか握力百キロ超の猛禽類もいたはず。魔獣ならもっとあるだろうし、あの爪でそんな力で掴まれたら肉をえぐられてしまう……!)


 だが、可憐が手を出すことはできない。

 可憐にできるのは、戦いの邪魔にならないよう息をひそめて見守ることだけだった。


 魔鳥はジークから距離をとると、そこから一気に彼に向って突進する。

 彼は再度剣で鉤爪を防ぐが、スピードの乗った重い一撃にわずかに体勢を崩した。

 魔鳥はたたみかけるように、鉤爪で何度も攻撃する。

 ジークは剣気を宿らせることもなく、防戦一方のように見えた。

 しかも、すべての攻撃を防ぎきることはできず、少しずつ傷が増えていく。

 何度目かの鉤爪攻撃を剣で受け流し、翼を狙って剣を振るうが、魔鳥は器用に空中で体をひねって避けつつ背後に回る。

 ジークは首の後ろを狙った鉤爪を素早く身を低くしてかわし、立ち上がりざま後ろ回し蹴りを放った。それが魔鳥の首元にあたり、ぐらついた魔鳥はいったん空中に逃げる。


「スピードに特化している分、黒狼のような頑丈さはないようですね」


 アンドリューが魔鳥を視線で追いながら言う。

 ハラハラしながら見守る可憐とは違い、彼はジークが負けると思っていないのか平然としていた。


 ジークが小さく息を吐き、腰の短剣を抜く。

 右手に長剣、左手に短剣を構えた。

 魔鳥は再び距離をとり、勢いをつけて斜め上からジークに襲い掛かる。

 ジークはギリギリまで引きつけ、魔鳥がすぐ目の前まで来たところで短剣を投げつけた。

 魔鳥は羽ばたいて体を傾けて避けたが、そのことで突進スピードが殺がれる。

 その一瞬の隙をつき、ジークが鋭い突きを繰り出した。剣身の根元から切っ先に向けて、剣を呑みこむように炎が走る。

 魔鳥はその動きを読んでいたかのように、剣の届かない位置にまで逃げた――はずだった。

 だが炎は切っ先のさらにその先まで伸び、魔鳥の翼を深々と貫いた。

 翼から黒煙をあげ大きくバランスを崩す魔鳥の真下へとジークが走り、落下してきた魔鳥の首を引っ掴んでその巨体を力任せに床に叩きつける。

 そして翼をばたつかせて逃げようとする体を素早く片足で押さえつけ、炎の剣を振り下ろして一撃で首を叩き斬った。

 頭部を切り離された魔鳥は少しの間動いていたが、やがて動かなくなり、さらさらと砂のように崩れて形を失っていく。

 黒いもやが完全に消えたところで、ジークが剣を収めた。


「屋外ならもっと厄介だったな」


 ため息まじりにそうつぶやき、可憐達のもとへと歩いてくる。

 そして可憐の前に立ち、拳を胸に当てて頭を下げた。


「黒騎士団長ジーク、カレン様にこの勝利を捧げます」


「ありがとうございます。怪我は……」


「かすり傷です」


 そう言いながらも、やはりあちこち傷がついて痛そうである。

 可憐が癒しの力を使おうとしたが、やはりアンドリューの時と同じく止められた。

 そのアンドリューが興味深げにジークを見ている。


「いつの間にあんな技を。どうやったら剣気をあんなに伸ばせるんだ? 温存していた剣気を一気に開放したということまではわかるが……」


「私の必殺技だから教えない」


「子供か」


 あきれたようにアンドリューが言う。


「どのみちお前が見た以上のことは説明できない。一気に開放、あとは伸ばすだけだ。剣気の扱いはそれぞれ違うから、説明するのは難しいと知っているだろう」


「まあそれはそうだな。私も新技を身に着けるべく、もっと鍛錬することにしよう」


 とそこで、再び女神の高笑いが聞こえる。


『人間というのはほんに楽しいのう。見事な戦いであった。あーたまらん、癖になりそうじゃ』


「あの、女神様。どうか……」


『わかっておる、褒美の治療であろう。ほ~れ、受け取るがよい』


 アンドリューのときと同じく、ジークに光が降り注ぐ。

 やはり傷だけでなく服までもが元通りになり、ついでに魔鳥の首を断つときに砕けた床までもが元通りになった。


「女神様に心より感謝申し上げます」


『苦しゅうないぞ、おほほほほ』


 いかにも楽しげに女神が笑う。

 ジークの傷がきれいに消えたのを見て、可憐はようやく安堵のため息をついた。


『さて、いよいよ最後の戦いじゃのう』


「はい。覚悟はできています」


『ほほ、わが娘はやはり最高じゃ』


 最終試練が始まることに気づいたジークが、可憐を心配そうに見つめる。

 可憐は大丈夫というようにうなずいた。


『ならばさっそく。出でよ闇聖女』


 女神の呼びかけで、ぽっちゃり可憐がすうっと姿を現す。

 アンドリューがおお、と声を漏らした。


「これはこれは、懐かしいお姿のカレン様。ふむ……こうしてあらためて見ると、この頃のカレン様も愛らしいですね」


 ジークが小さくうなずく。

 ぽっちゃり可憐を見つめるその目は優しくて、可憐は過去の自分に嫉妬しそうになった。

 同時に思う。

 ぽっちゃりではないにしろ、どちらかといえばぽっちゃりしているほうがジークは好きなのではないか、と。

 非常に複雑な気持ちになったが、可憐は首を振ってその考えを追い払った。

 今はそんなことを気にしている場合ではない。


『さて。騎士たちはここまでじゃ。外で待つがよい』


「わかりました。そう伝えます」


 それはかえってありがたいと思った。

 戦いに慣れた騎士である彼らは、可憐が見ていようがしゃべっていようが戦いに集中していたが、可憐はそうではない。

 心配そうに見られていたら、そちらに気を取られて思い切り戦えない気がした。

 さらに、現可憐と旧可憐の死闘など、ジークには見られたくない。ドロドロの殴り合いにでもなってその姿を見られたら、可憐の乙女心はズタボロになる。


「お二人は外に出ているようにと女神様が仰っていました」


「……承知いたしました」


「美しい乙女たちの戦いを拝見したかったのですが、残念です」


 試練に口を出せないことを重々承知している二人は、素直に出口へと向かった。


「お気をつけて、カレン様」


「貴女の勝利を信じております」


「精一杯頑張ります。お二人とも、ありがとうございました」


 心配そうに振り返りつつも、ジークとアンドリューは神殿を後にした。











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