第32話 旅の終わり
「皆、聖女様の護衛の役目ご苦労だった。では、旅の終わりを祝して、乾杯!」
イアンの乾杯の音頭に応え、黒騎士たちが「乾杯!」と声を上げる。
黒騎士団で貸し切った居酒屋は、すぐにガヤガヤと騒がしくなった。
ここは王都に一番近い町。明日には登城して旅は完全に終わりとなる。
そのことに少し寂しさを感じる可憐だったが、目の前に運ばれてきた料理がその沈んだ気持ちをひととき忘れさせた。
目を輝かせて料理を見つめる可憐に、ジークがいつものように優しい微笑を浮かべる。
「このあたりは酪農が盛んですので、チーズや牛乳を使った料理を楽しむことができます」
「素晴らしい。チーズ大好きです」
「こってりした料理が多めになってしまいそうですが、大丈夫ですか?」
「もちろん。どんと来い、です」
まずはチーズフォンデュのような料理。
熱々のとろとろチーズに小さなパンをつけて食べる。
濃厚でまろやかなチーズの味が口いっぱいに広がって、可憐は幸せな気持ちになった。
チーズはホワイトソースで伸ばしてあるとのことで、濃厚ながらも食べやすい。
「んー、美味しい! やっぱりチーズって最高!」
「わたしも大好きです。美味しいですね~」
可憐の隣に座るセーラも、チーズがたっぷりついたパンに舌鼓を打った。
今日は店内が騎士たちでいっぱいなので、イアンとセーラも可憐たちと同じテーブルを囲んでいる。
「これで聖女様との旅も終わりだと思うと、なんだか寂しいですぅ」
「私も。でも、セーラもずっと王都にいるんでしょう?」
「はい。だからこれからも聖女様を護衛します! いいですよね? 団長」
「ああ。女性騎士のほうが、カレン様も気が楽だろう。今後のことは改めて考えるが、ひとまず王都に着いてしばらくの間はカレン様の護衛についてくれ」
「やったぁ!」
こうして慕ってくれるセーラがかわいくて、可憐も笑顔になる。
本当に周囲の人に恵まれていると思った。
「聖女様、このスープも美味しいっすよ~」
「やっぱり肉! ですよねぇ!? 鉄板ハンバーグが来ましたよ~。もちろんチーズ入りですぅ」
イアンとセーラが料理を勧めてくれる。
まずは熱々の鉄板の上でじゅうじゅうと音をたてるハンバーグにナイフを入れると、中から肉汁とチーズがあふれ出した。
(肉……肉の暴力……! やっぱり肉とチーズは最強の組み合わせ……!)
塩コショウで味付けしただけの肉の味が引き立つハンバーグに、チーズが絡んで絶品である。
イアンが勧めてくれたスープはクラムチャウダーのようなスープで、シチューよりもあっさりしていてこってり系料理と相性がいい。
細かく刻んだたっぷりの野菜としじみが入っていて、貝のうま味がいいアクセントになっていた。
たまにワインやサラダで口の中をさっぱりとさせ、またチーズガッツリ料理を食べる。
無限に食べられてしまいそうだった。
「こうしてみんなで美味しいものを食べられるって、幸せです」
「オレたちも幸せですよー。本来なら聖女様は雲の上の存在。それなのに、こうして気さくに一緒に食事をしてくださるんですから」
イアンの言葉に、そうだそうだー、と酔っ払った黒騎士の合いの手が入る。
ジークは相変わらず穏やかな顔でレモン水を飲んでいた。
もともと口数が多いほうではない彼は、周囲に人がいるとよけいにしゃべらない。
二人きりのときだけは、打ち解けてくれている気がする。
(二人きり、かぁ……)
王都に戻れば、旅は終わり。
可憐は悠々自適に暮らし、ジークは通常の騎士団の業務に戻る。
このままだと、ほぼ接点がなくなる。
(告白しちゃおうかな……)
ほとんど会えなくなるなんて、悲しすぎる。
でも、恋人になれば……。
そう思いながらジークを見ると目が合って、気恥ずかしさから慌ててワインを飲み干した。
(好意を抱いてくれているのかな、とは思うんだけど。それがどの程度か想像がつかないや。聖女として尊敬してくれているのか、それとも女性として……だとしたら、どれくらい……ああーっもう!)
頭の中がぐちゃぐちゃになって、セーラがついでくれたワインをまた飲み干した。
そんなハイペースで飲んで平気なわけがなく、可憐は完全に酔った。
黒騎士たちが居酒屋から帰っていく中、椅子に座ってボーッとしている可憐の目の前に水の入ったグラスが置かれる。
見上げると、予想通りジークがいた。
「水をどうぞ」
「ありがとうございます」
冷たい水が、火照った体に染みわたっていく。
「ふう……美味しい。あ、セーラたちは……」
「宿に戻りました」
「そうなんですね。じゃあ私も……」
立ち上がると、足がもつれる。
よろける体を、大きな手が支えた。
それを見た黒騎士たちが、急ぎ足で店から出ていく。
先ほどまで騒がしかった店内は、奥にいるであろう従業員を除いて可憐とジーク二人だけになった。
「……ごめんなさい。こんなに酔ったことなんて、なかったんですけど……。食べ過ぎ飲み過ぎでお恥ずかしい……」
「謝る必要などありません。楽しく飲食していただけたのなら、これほどうれしいことはありませんから。それに、すべての試練を終えられて気が緩んだのでしょう」
「そうかもしれませんね」
ふふ、と笑って、体勢を整える。
ジークの手が離れた。
「歩けますか? 宿までお運びしましょうか」
運ぶというのはお姫様抱っこで、ということだろう。
うれしい気持ちもないわけではないが、恥ずかしすぎるので首を振った。
「大丈夫。歩けます」
「わかりました。では、つらくなったら遠慮なく仰ってください」
以前のように、二人並んで宿へと向かう。
その時と違うのは、すっかり夜が更けてランプのわずかな明かりしかないこと。
ロマンチックというには少々暗すぎだが、可憐はちょうどいいと思った。
今、何かの拍子にばっちり目が合ったら、酔った勢いで告白してしまいそうだったから。
さすがにそんな告白は避けたい。
「暗いので、足元にお気をつけください」
「はい」
こうして並んで歩くのも、これが最後かもしれない。
そう思うと、急に悲しくなった。
(告白……やっぱり今告白しちゃう? でも聖女から告白されたら、ジークさんにはその気がなくても断れないんじゃあ……。いやいや、そこまで脈なしでもないよね? ……だめだ、よくわからない。恋愛経験のなさがここにきて重くのしかかる……)
「王都に戻ったら」
「は、はいっ」
あれこれ考えているところに話しかけられ、不自然な返事をしてしまう。
「……カレン様は、色々とご多忙になるかと思います」
「そうですよね……」
「私も旅の報告書などがあり、しばらくは落ち着かない日々になるかと」
「……そうなんですね」
彼の言葉に、胸のあたりが重苦しくなる。
「それが終わったら、その……。王都の店をご案内させていただけませんか? 女性に人気だというスイーツの店があるのです」
「! はい、もちろん! 楽しみです」
「よかったです。旅が終わっても……カレン様と一緒に美味いものを食べたいので……」
隣を見上げても彼の表情はよくわからなかったが、声のトーンは照れているようにも聞こえる。
ドキドキしすぎて倒れてしまいそうだった。
(あーもう、好き……)
彼も同じ気持ちだったらいいなと思いながら、宿への道を歩く。
宿の明かりはすぐに見えてきて、少しだけ残念な気持ちになった。
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