第10話 存在意義
前回は疲れた様子で神殿から出て心配させてしまったので、神殿内で少し息を整え、気合を入れて元気な顔を作ってから扉を開ける。
意外にも、その場にいたのはジークだけだった。
「ただいま戻りましたー」
「カレン様、ご無事ですか? どこか不調などはありませんか」
「はい、大丈夫です」
と言いつつ、脚と膝が痛い。
馬車まではそう遠くないから、そこまで頑張れば。
そう思いながら階段を下りようとしたところで、つまずいてしまう。
とっさにジークがその体を支えた。
「あ……すみません、ちょっと疲れが……。でも大丈夫です」
「カレン様」
いつも柔和な表情のジークが、真剣な顔を可憐に向ける。
可憐はたじろいだ。
「は、はい、なんでしょう」
「どうか、大丈夫でないときは大丈夫とは仰らないでください」
「……迷惑をかけてごめんなさい」
「そういうことではありません。カレン様の前向きなところや忍耐強いところは心から尊敬しております。ですが、私たち騎士団は、カレン様をお守りするために存在しているのです」
「ジークさん……」
彼の表情は怒っているというよりも少し悲しげで、可憐は戸惑う。
「私は神殿の中に入ることすらできません。カレン様がこの国のために頑張っていらっしゃるというのに、何もできずただ待つことしかできないのです。ですから、それ以外のことでは、どうかカレン様のお手伝いをさせてください。そのためにも、まずはつらいことはつらいと仰ってください」
そう言われて、可憐は反省した。
生来の気の強さに加え、十代の頃は「自分がしっかりしなきゃ」という環境だったため、人に頼ったり甘えたりといったことが苦手だという自覚がある。
だからといって、心配をかけるのが申し訳ないからと不調を伝えなければ、先ほどのようにかえって迷惑をかけてしまうかもしれない。
彼らには彼らの役割がある。一人で旅をしているわけではないのだ。
「ごめんなさい。私、誰かに頼ったりといったことが上手くできなくて、つい強がってしまいました。決してジークさんたちを軽んじたりしてるわけじゃないんです」
「そのようには考えておりません。……出過ぎたことを申しました」
「そんなことないです、うれしいです。ただ、私はすでにジークさんにいろいろ助けられていると思うんですよね」
そう言うと、ジークはようやく微苦笑を浮かべた。
「カレン様。どうかもっとわがままになってください。どこが痛い、何が食べたい、あれをしたいこれをしてほしい。なんでもいいので、お申し付けください」
「はい、頑張ります」
ジークが小さく笑った。
そして視線を下げる。
「……脚が痛むのですか?」
反射的に大丈夫と答えそうになって、慌ててその言葉をのみ込む。
「女神様に強制的に運動させられて、脚全般と膝が。でも怪我をしているわけではありません。ただの筋肉痛その他です」
「承知いたしました。では、ご無礼をお許しください」
「えっ?」
ジークの言葉の意味を問うよりも早く、ふわりと体が浮き上がる。
彼に「お姫様抱っこ」をされていると気づいた可憐は、真っ赤になった。
「あ、あの、歩けますから」
「下り階段は危険と判断しました。お嫌かもしれませんが、せめて階段を下りきるまではご辛抱ください」
「嫌とか嫌じゃないとか以前に、私は重いので……!」
「? 軽いですが」
嘘でしょーー!? と心の中で叫ぶ可憐。
だが実際にジークは平然とした顔で軽々と階段を下りていく。
しかも、彼は体が密着しないよう気遣って、ほぼ腕だけで持ち上げている。
それなのに、可憐を支えるその腕には少しの不安定さもない。
(どんな腕力……! お姫様抱っこなんて、一生されることはないと思っていたのに!)
ちらりと彼を盗み見る。
凛々しい横顔に胸がときめいた。
階段エクササァイズ以上に心臓がもう持たない、と思ったその時。
「聖女様、団長、おかえりなさぁい。って、あらあらあらぁ」
階段の下にいたセーラがむふふぅと笑う。
再度可憐が真っ赤になった。
「カレン様が脚を痛めたから、運ばせていただいただけだ」
「わかっていますよぉ」
地面まで着いたところで、ジークがそっと可憐を下ろす。
ようやく可憐は緊張を解いた。
「ジークさん、ありがとうございました」
「いえ、急に失礼いたしました」
下まで運ぶと申し出れば可憐が遠慮するとわかっているから、少々強引に抱き上げたのだろう。
その強引さも優しさの表れだと可憐にはわかっていた。
だが、わかっていても、いやわかっているからこそ、なかなか動悸がおさまらない。
とそこで、イアンが森の奥から現れる。
その手には水筒。
「あー聖女様、ちょうどいいタイミングでしたね。冷たくて美味しい湧水を汲んできましたよー!」
「前回の神殿ではかなりお疲れの状態で出ていらしたから今回もそうかもしれないと、イアンが自ら申し出て汲みに行きました。美味しい湧き水を飲めば少しは疲れが癒えるかもしれないと」
「オレたちの分と予備もリュックに入っていますから、これは全部遠慮なく飲んじゃってくださいね!」
「ありがとう、イアン」
水筒を受け取り、口をつける。
湧き水はほどよく冷たくて、かすかな甘味さえ感じた。
一気に飲まないようにしつつも、水の美味しさに飲むのが止まらない。
「美味しい……本当に美味しい。ありがとう」
「喜んでもらえたら幸いっす! じゃあ水でカンパイしますか!」
四人の穏やかな笑い声が森に響く。
一緒に旅をするのがこの人たちでよかったと、可憐は心から思った。
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