第9話 第二の神殿


 可憐と黒騎士たちは、第二の神殿に到着した。


 第二の神殿は、『地の神殿』。訪れる者もない深い森の中に、どっしりと鎮座している。

 苔と蔦が壁を彩っているが、その荘厳な美しさは少しも損なわれてはいない。むしろ自然の中に溶け込んでいるその様に、より神聖さを感じた。


 皆で神殿の入口へと続く階段を上り、可憐が扉を開ける。


「じゃあ、行ってきます。帰りが遅くても心配しないでください」


 そう言われても心配そうな顔をするジークに、可憐が笑顔を向ける。


「まず、女神様のお力で、私以外は神殿に入れません。ということは、怪しい者も入ってこられないということです」


「……はい」


 その女神様が怪しい魔獣ものを召喚したりするんだけど、とは思っても言わなかった。


「それに、女神様は私が本気で対応できないような事態は招かないと思います。聖女がいなくなれば、きっと女神様も困るでしょうから」


「それは……そうですが」


 あのドS女神ならそれも怪しいところだと思いつつも、やはり口には出さない可憐。

 無駄に心配をかけたくなかった。


「とにかく、心配しないで待っていてください」


「……承知いたしました」


「聖女様、お気をつけてぇ」


「応援してるっす!」


「ありがとう、行ってきます!」


 一人で中に入り、扉を閉める。


(ああ、憂鬱……今度は何をされるんだろう……)


 ジークたちの目がなくなったので、ため息をつく。

 内部は火の神殿よりも広くなかった。すべて石造りで、飾り気がまったくない。

 天井が非常に高く、正面には三十段ほどの階段。その先に聖壇があると思われた。


(あれをのぼるだけでも大変そう……)


 社会人になってからは運動不足に拍車がかかっていた。エレベーターとエスカレーターばかり使っていた自分を、少し恨む。

 自分の体重とあの段数を考えると膝が悲鳴を上げることが予想されたが、行くしかない。

 階段へと足を進め、一歩一歩上る。ひたすら上る。

 ……が、上っても上っても、聖壇に着かない。

 どうもおかしい、と一度足を止めてみると。

 ゆっくりと、階段が下に向かって動いていることに気づいた。

 つまり、下りエスカレーターを上っているようなものだったのだ。


(なんでー!?)


 足を速めると、階段が下に向かって動く速度も上がる。

 それでも全力を出して駆け上り、あと少し! というところで、今度は階段がツルツルの坂に変化した。

 そこをきれいに滑り落ち、床で独楽こまのようにスピンする可憐。

 それがようやく止まり、可憐は床に大の字に伸びた。

 ぐるぐると回る視界に映る聖壇は、遠い。


(こんなツルツルで急な坂、上れるわけがないし。女神様は私に会いたくないみたいだから、もう帰ろうかなぁ……)


 折れかける心を見抜いたかのように、坂が階段へと変化する。

 結局可憐には、聖壇に行かずに帰るという選択肢など用意されてはいないのだ。


(腹立つわぁ……)


 よっこらしょと起き上がり、再び階段を上り始める。

 待ってましたと言わんばかりに、再び「下りエスカレーター」になった。

 だが、今度は少しずつ前に進めるギリギリの速度。

 結局長い時間をかけ、なんとか聖壇にたどり着いた。

 しゃべることもできないほどぜぇぜぇと息を乱す可憐が顔を上げると、女神像がきらきらと光りだす。


『よく来たな、わが娘よ』


 こんなドSな母を持った覚えはないと言いたいのを、必死でこらえる。

 これ以上何か仕掛けられても、対応できるだけの体力が残っていない。


『運動不足なわが娘のためのスペシャルエクササァイズはどうであった』


 エクササイズの言い方が腹が立つが、我慢我慢である。


「……ありがたく頂戴しました。女神様、どうか結界を強化し、私に……力をお授けくださいませ……」


『ふむ、よかろう。そなたには聖女バリアを授けよう』


「ありがとうございます。してその効果はどのような……」


 また「試してみるがよい」と変なものが出てくるかと警戒したが。


『物理攻撃は一度防げる程度じゃな。ただし攻撃が強すぎればそれも貫通する。魔法に対してはかなり強い。また、音声を遮断することができる』


「そうなのですね。承知いたしました」


『では、次の神殿で待っておるぞ』


 その言葉に胸を撫で下ろす。

 女神像の光が消えたので、階段を下り始めた。


『ああ、言い忘れておったが……』


 また聞こえてきた女神の声に、急速に嫌な予感が高まる。


『ここへ来るまで頑張ったからの。帰りは楽をしてよいぞ。褒美を受け取るがよい』


「えっ……」


 嫌な予感というものは当たるもので。

 可憐の足元の階段は、ツルツルの坂道へと変化した。

 転んだ衝撃は可憐の豊かな尻といつの間にか発動した聖女バリアらしきものが受け止めてくれたが、そのまま可憐はツルツルと坂を滑って行った。

 そして再び床の上で見事にスピンする。


「……」


 可憐は願った。

 あの女神に、いつかバチが当たりますように、と。

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