第11話 あまいもの
(糖分……糖分が足りない……)
馬車に揺られる可憐の頭の中は、「甘いものが食べたい」という欲望でいっぱいだった。
食事にはずいぶんと気を遣ってもらっている。おそらく、その地方でもいい店、可憐が好みそうな店を選んでくれているのだろう。
だが、どうやら騎士団の人々はあまり間食の習慣がないらしい。
そんな中、甘いものを買ってきてくださいとはなかなか言い出せないでいた。
それが今、限界にきている。
足元で丸くなっている白飯ことメッシーも、ふわふわのわたあめに見えてきた。
可憐のわがままボディの半分は糖分でできている。
それをろくに摂取していないせいか、はたまたドSな試練のせいか、可憐は少し痩せてきた。
他にも原因はある。
ぽっちゃり御用達のコンビニはなく、規則正しい三食生活で夜食と間食はほぼなし、大半が馬車移動とはいえ歩くことも多く、イケメンジークの手前ドカ食いもできない。
もはや痩せる要素しかなかった。
「カレン様、いかがなさいましたか?」
ジークに呼びかけられ、はっと顔を上げる。
正直に言うべきか迷ったが、第二の神殿で言われたことを思い出す。
「ジークさん……あの、実は」
「はい」
「甘いものが、食べたいんです……。私、ここに来る前は甘いものが大好きで……いや、しょっぱいものも脂っこいものも大好きなんですけど」
「カレン様は特に甘いものがお好きなのですね」
「はい。あと間食などもできればしたいなぁと……。その、予算的に大丈夫なら、ですけど」
「旅の経費はすべて国が賄ってくれているので心配はいりません。この国を守るために旅をされているのですから、遠慮は不要です」
「あ、そうなんですね」
国王は強引ではあったがケチではないらしい。
旅が終わった後の金銭に関する契約も、揉めることもなくあっさりと決まった。
「では、少しだけルートを変えてエナンの町へ行きましょう」
「エナンの町?」
「はい。そこは養蜂が盛んなのです。もちろん名産品は蜂蜜です」
「蜂蜜!」
思い出されるのは、あのとろりとした濃厚な甘さ。
可憐の頭の中は、一瞬で黄金色の蜂蜜でいっぱいになった。
そして念願のエナンの町。
養蜂のイメージとは裏腹に都会的な街並みで、昼食時に入った店も小洒落たカフェといった雰囲気だった。
白いテーブルや椅子、おしゃれな照明に、そこかしこに飾られた花。そこはかとなく高級感が漂う。
「パンケーキはお好きですか?」
「はい、大好きです」
「ではそれにしましょう」
ジークが注文をする。
客はあまり多くなく、今日はイアンとセーラも少し離れた席に座っている。
なんだか高級店でデートしているみたいという考えがふっとよぎって、可憐は顔に熱が集まるのを感じた。
ちらりとジークを見ると、優しい微笑を返されてしまう。
ますます頬が熱くなった。
しばらくして、パンケーキが運ばれてくる。
日本で食べていたもののようにふわっふわの厚みのあるものではなく、生地がしっかりとした薄めのパンケーキ。
昔母親が焼いてくれたのを思い出し、自然と顔がほころんだ。
まだ温かいそれにたっぷりとバターを塗って染み込ませ、上から蜂蜜をかける。
とろりと広がっていく蜂蜜に、心が躍った。
「いただきます」
パンケーキをナイフで切り分け、口に運ぶ。
口いっぱいに広がる濃厚な甘みに、噛むとじゅわっと後から来るバターのコクと塩味。
「美味しい……美味しいです、本当に。甘いものは最高です!」
「喜んでいただけたようで良かったです。この町で蜂蜜を何瓶か買っていきましょう。蜂蜜は日持ちするそうですから、道中甘いものが欲しくなったらお召し上がりください」
「わぁ、いいですね!」
「蜂蜜のパウンドケーキやレモンの蜂蜜漬けもテイクアウトできるようです。パウンドケーキは日持ちしませんが、今日の間食にいかがですか?」
「うれしいです、ありがとうございます」
脳と体が欲していた糖分を補給し、可憐は大満足である。
心なしか頭もスッキリ冴えた気がする。
美味しそうに食べ進める可憐を、ジークはニコニコと見つめていた。
「ジークさんは甘いものは苦手ですか?」
彼もパンケーキを注文したが、さほど食べていない。
「苦手というわけではありませんが、特に好んで食べるわけではありません。ただ……」
可憐のものよりもだいぶ控えめに蜂蜜がかかったパンケーキを、彼がぱくりと食べる。
「カレン様と一緒に食べたので、甘いものも少し好きになった気がします」
そう言って彼は柔らかく微笑する。
可憐はこんなに優しい顔で笑う男性を他に知らない。
一瞬見とれてしまったのを誤魔化すように、可憐はもう一口パンケーキを食べた。
(甘い……)
口の中を満たす、蜂蜜の甘さ。
先ほど食べたときよりも、ずいぶんと甘く感じた。
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